病院でさらっと告知を受けた父は、その時50歳でした。

担当の先生曰くフル移植をする年齢としてはギリギリ、、、との事。

 

そして、最悪なことに敗血症を起こしてしまっていて、一週間が山です。。。と

あまりにも現実的ではなく、本当にドラマのワンシーンのような告知でした。

 

すぐに治療を開始します、、、との事。一刻の猶予もないまま

抗がん剤治療を開始。主治医の先生に言われたことは、今回の治療で

寛解するかどうかが今後の大きな治療の分かれ目です、、、と。

寛解すれば、移植への第一歩になりますと。

 

その時はよく分かりませんでしたが、寛解という事がどれだけ白血病で

大きな分かれ目なのかということを後で知りました。

 

抗がん剤治療がスタートして数日目、父は意識が混濁し始め

生と死を彷徨う日々。熱は体温計を振り切る程で、家族へも

いつ何があってもおかしくないと、、、、

一度はショック状態に陥り、もうダメなのかな、、、と諦めた程です。

 

そして、そんな中家族は抗がん剤をストップして家に連れて帰りたい

との思いが強くなり、、、、主治医に相談しましたが抗がん剤は途中では

ストップ出来ない、、、、と。

あまりにも苦しそうな父を見て、治療のストップを考えた程ですが、、、

 

生きるか死ぬか、、、、究極の治療

 

絶望的だった父の状態でしたが抗がん剤が終わり、なんと寛解したのです。

 

 

近所の信頼するホームドクターが、白血病は治る病気です。

大変な、大変な治療だけどうまくいけば生きることが出来ます、、、

だから諦めずに治療して頑張って下さいと。

 

この言葉は今でも忘れられません。

 

寛解出来ずに、ホスピスへの移動を進められる患者さんもたくさん見てきました。

治療がこれ以上ないと、この先を考えて下さいと言われた人たちを。

 

父は治療できて、そして移植が出来たことは今でも奇跡だと思っています。

 

きっと数年前だったら父を助けれなかったと言われました。

医学は進み、進化しています。

50歳は移植出来る年齢のリミットですが、きっと数年前でしたら

フル移植は厳しかったと。。。。。

 

 

人生は選択の連続です。最初の病院では臍帯血移植を勧められたのですが

私たち家族は父のフル移植を希望して、もっと高度な医療を目指して

転院をしました。どうしてもフル移植にこだわったのは、やはり生存率。

五年生存が10%と言われても、それを乗り越えたいと強く思ったからです。