移植をして6周年

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何年振りかの更新になってしまいました。

 

今日は父が先日 移植をして6周年を迎えられた事を報告したく

ブログを書いています。

 

あの移植の日を今でも鮮明に覚えています。

 

飛行機で運ばれて来た骨髄液、、、主治医の先生の信頼してある後輩の先生が

前日より現地入りして朝、摂取した髄液を大切に大切に運んで来てくださいました。

直接お会いすることは出来ませんでしたが、大切に運んで来てくださり

本当に感謝しております。

 

そして何よりも、お会いすることも話す事も叶いませんが、提供してくださった

ドナーの方、そしてご家族、職場の皆様

本当に本当にありがとうございました。

 

季節は巡り、発病してから6回目の春を迎えられたのもドナーの方が

いらっしゃったからです。

 

父の型は、とても珍しく私も適合せず、バンクからの移植になりましたが

一致した型は日本で僅か6名でした。。。。。

無理なのではないか、そんな思いもよぎり海外のバンクからも視野に入れていたのですが

本当にありがたい事に、移植同意のお返事を頂きました。

 

過酷な治療の中、長い期間生と死を彷徨った父でしたが

ドナーの方の骨髄のお陰で今しっかりと生きております。

 

ずっとこのご恩は忘れる事なく、家族共々生きて生きます。

 

ドナーの方も移植の日を思い出していただいてるのではないかな?

と移植6周年の日、空を見上げました。

手を合わせて ありがとうございます  と。

綺麗な雲がきっと伝言を伝えてくれるような気がしました。

 

 

そしてドナーの方への感謝と共に、無菌病棟で共に戦い、先に空へ旅立った

戦友の顔を思い浮かべて、

パパは生きているよ!みんなの分までしっかりと!

伝えました。

 

父の病室に寝泊まりし付き添っていた10ヶ月間。

無菌病棟で、私の同じ年、それよりも下の年の戦友とはよく話をしました。

何にも出来ないけれど、そしてみんなからしたら病気ではない私だったのに

みんなは受け入れてくれ、そしてそっと寄り添ってくれました。

 

そして悲しいけれど戦いの末に、一足先に旅立った戦友たち。。。。。

 

私にできることは、唯一出来ることは

忘れずにいることだな。。。と思っています。

 

最後の姿は辛かったけれど、戦って戦って頑張った戦友の勇姿を忘れてはいけないと。

 

無菌病棟だったので友人がお見舞いに来るわけでもなく孤独な病棟で

共に戦った仲間たち、、、、

いつまでも忘れない

そしてみんなの分までしっかりと生きたいと思っています。

 

父の移植から6年という月日が経ち、父の外来の日数も減り

体調も落ち着いてきたので、これからは少しでも白血病の患者様

そしてご家族・ドナー登録など何か自分が出来ることから始めていきたいと思います。

 

無菌室は辛い病棟だったけど、みんなで笑った日もありました。

食べたいものの話をした日もありました。

 

そして過酷な治療を乗り越えた方もたくさんいらっしゃいます。

 

白血病だったけど、様々な治療を行い、

そしてドナー提供をしていただいて元気に回復されている皆さんもいらっしゃいます。

現在闘病中の皆さま・白血病の方のご家族・バンク登録者の方へ向けて

何か出来たりしたら素敵だな、、と思ったりしています。

 

ドナー登録には、やっぱりご本人達の話があれば一番説得力があると思いますし。

 

何か一緒にしても良いよ?という方がいらっしゃれば是非メッセージお待ちしております。

 

一人ひとりの小さな想いや力でも、力を合わせたらきっと大きな大きな力となって

何かを変えることが出来ると信じています。

 

 

福岡県だけではなく色々な所で、活動できたら嬉しいです。

 

最後になりましたが、父が生死を彷徨い意識も遠のき 辛いだろうな、、、

と思いながら夜中には夜空を眺めていました。

でもいつもこれだけは思っていたことは、、、、

明けない夜はない

 

必ず朝日が昇る

 

それだけはずっと自分に言い聞かせていました。

 

現在闘病中の皆様にも

必ず燦燦と差し込む朝日が昇るので

絶対に諦めずにいてください。