従来あったもので、あてがう予算規模の縮小や、事業の再構築の過程で縮小撤廃を行う余波で、「便利」だったものや「助かる」だったものから、真っ先に消えていく時代に入りました。
そりゃそうですよね、「便利」を損なっても「なんとかなるもの」だったのを、じゃあいいじゃん、とばかりになくすんです。
世知辛い。
世知辛い。
「大人」からの見立てや理屈内で、追い詰められてて、ほとんどマルトリートメントの領域。なのに世間的に「非難させにくい」構造的なさいなみ。
喫煙者にはさいなみでしかない。「この一服」たちで、世界は「かろうじて」回ってたのに、この一服がなくなっていく時、目に見えて「サボタージュ」は増えますし、踏ん張りの効かなさを優先されて、効率の落下は増えていくはずです。
芸人にしてこれですよ?
まあ、でも世界にもこれに通じる「従来通り」からの脱却は起こってるみたいです。
生まれたらムスリムだった、なるは果たしてどうなんでしょうね。
比較対象を手に入れたとき、「いいもの」「生きやすいもの」に心惹かれ、模索し、志向するのは自在が筋だと思うのです。それを打ち立てられないと、「打倒」という暴力沙汰になっていくんですから。
選べる自在さが損なわれるときに、人は「生きていき方」に絶望しちゃうんです。
展望はふんだんで、自在である方がいいんです。