世界はロシアがプーチンとその一派以外が牛耳らないで済めたロシアを思い描けないでいたけれど、ナワリヌイさんとユリアさんは思い描けた稀有な夫婦だった。
それだけにそれを謀殺まがいな胡散臭い終焉で済まそうとした母国を「まだ手はある」と「声を上げた勇気をたたえたい。
旧共産圏全般に言えることだけど、イデオロギーありきを慣れすぎてるのか、自分たちで未来をつかめるという自信にまで到達した存在を、あまりうまく位置させられない。
腕づくか、集団体制の維持派のような、目先の最短結果に貪欲な存在が闊歩しだすだけならまだしも、たいていは「排斥」に余念がなくなり、根絶やしに近しい社会的な抹殺を起こしやすい。
それだけにナワリヌイさんへ抱いたロシア人の感情を思う。
ロシアは個人が威張って過ごすには、とても広いんだから。
命を取る、という恫喝が未だ巣食う国が、隣国なのだ。
この女性は、その野蛮に立ち向かってる。勇気を覚える。
夫が服役中の9月中旬、ゾロトフ氏はナワリヌイ氏に決闘を挑むビデオメッセージを公開した。「あなたは私を侮辱的で中傷的な発言の対象にしました。将校の間では単に許すという習慣はありません」「リングの上でも柔道マットの上でも、どこでもよろしい。そしてあなたをジューシーでおいしい細切れ肉にすることを約束します」
この「決闘」に対して、ユリアがインスタグラムで答えたのだ。
「私はこれをアレクセイと私たち家族全員に対する脅迫だと考えています。これは、自分が処罰されないことを喜ぶ、傲慢な強盗からの脅迫です。私たち家族は、捜索、逮捕、脅迫が日常茶飯事の環境で長年暮らしてきました。私は恐れていません。そして私は皆さんにも恐れないよう強く勧めます」とユリアは書いた。
アレクセイは、シベリアのトムスクからモスクワへ向かう飛行機の中で苦しみ始め昏睡状態に陥った。飛行機はシベリアのオムスクに緊急着陸した。その後、彼の支持者は、空港で飲んだお茶に毒を盛られたと考えていたが、後日もっと恐ろしい事実が判明した。
欧州各国やEUの首脳、国連組織やNGOが反応する中で、メルケル独首相とマクロン仏大統領は、ナワリヌイ夫妻を助ける用意があると述べた。そしてメルケル首相が、ドイツからナワリヌイ氏の搬送機と医療チームをロシアに派遣したのだ。
夫をドイツの診療所に移送し、救出活動を主導したのはユリアだった。
組織的な謀殺が頻発する中を、本当に人と世界を動かしにかかる人こそ、本当の強さ。
口先だけでは、人が救えない国の中で、戦うことの尽きなさを、彼女は体現してる。
それは今も、だ。