彼女さんと話してて、哲学的ってなに?って話になり、なんだろーねーといってる間に、人と人の間にふわふわーって名前すらなかった「ある考え方」や「ある感じ方」に名前を付けることなんじゃない?ってことから対話をはじめてみた。
双方とも哲学に含蓄があるでなし、私が「レコブロックのようなもんでさ、ふわふわして名前も要領も得ないようなものにさ、『色』とか『ブロックの形』みたいに、いろんなものを見つけやすく分類するってことだと思うよ」と伝えた。
すると彼女さんの方から「フィンランドの方でさー、足の不自由だった女性画家がいるんだよー。その人の絵がさー、なにかたどりついた感情、ってんじゃないときの、人が、ぼーっとしてる時を描くみたいな画家さんらしくって、映画もあったみたいなの」という。
調べてみたらヘレン・シャルフベック(フィンランド語: Helene Schjerfbeck、1862年7月10日 - 1946年1月23日)って方らしい。似通った境遇かもしれないと私が名前を出したのがフジコ・ヘミング、本名ゲオルギー=ヘミング・イングリッド・フジコ(Georgii-Hemming Ingrid Fuzjko、 1932年12月5日 - )。出自がワイマール共和国にあるというのも後でびっくりしたんだけど、北欧出身者の芸術家って確かに独特の根っこを感じる。あの薄ら寒そうな白夜がそれを連想させるのかしら?
私も彼女さんも、どっちも「詳しくはない」正直者でいるがために、どっちも深堀できない所在無さげであるがゆえに、俄然二人とも探しはじめる人たちであります。ネット経由で素人発進の情報収集に楽しみを見いだすのでした。
ほらね?冒頭の「哲学者」の定義はすっかりホッポカレてしまうけれど、私たちの対話はこんなふうに「どっちも思想的にも教養としても体系づいてない」とこからやりだすので、存外専門家よりも面白い切り口に出くわすことがままあるし、脱線も転落も頻発するので「わかんないねー」と会話を終える。
双方がその執着も屈託もないので、とんと忘れるし、後日同じ会話に発展しても、まるきし新鮮なテンションで調べ直せるから楽しくなっちゃうのでした。
西洋の古典絵画ってものが、貴族などのパトロンを経て、写真の変わりみたいな役割から抽象絵画に宣戦する様子は、クラシック音楽も同様で、ベートーベン辺りから市井の平民にも味わうことのできる文化に「いはば堕落」も含みもって堪能できるようになり、抽象絵画やキュビズムみたいな得体の知れなさまでもを広く包括できる変遷を経た先に、今私たちはいるようだとおおまかな略歴を二人で話す。
話すけれど、僕らは忘れる。なぜなら、ふたりともそこの教養は「どっかの誰か」が詳しければこと足りるからと値踏でいて、覚えとくというのにとんと執着がないのです。「どっかにはあるんでしょう?」という獏とした期待や安心に労力は費やさぬのです。「それを知ってる人」を知ってればいいのですから。
おかげで私も彼女さんも「そんとき知っときたかった感情」だけにフォーカスして、自分が「感じ直したい」感性に身を委ねるんです。それがビリヤードの玉よろしく、ポンスカあちこちで跳ねて当たって、「自分向きに理解できる部分だけ」スイと拾うことこそが核心であるのです。双方その「知識」はもういいのです。教養として、どこか判然としない、ふんわりとした輪郭の方がかえって俯瞰図のような全体像をフォルムで把握できちゃってて、好みなんでしょうね。多分それだけのこと。
