投資は自己責任で

 

2024年01月30日19時34分 配信

EVが普及するとゴム需要は押し上げられる? Euro 7規制への影響も

<意外と普及が進まないEV>

電気自動車(EV)の普及はコモディティ需要環境にも大きな影響を与え得るが、最近はEVへの完全移行について従来想定されていたよりも多くの時間が必要との見方が強くなっている。自動車メーカー各社はEVへの完全移行に取り組んでいたが、実際にはそこまで単純な話ではないことが露呈しつつあるためだ。

 

戦略物資に依存するバッテリーのサプライチェーン構築、充電インフラ網の整備、中古EV市場の確立など乗り越えるべき不透明な要素は依然として多く、自動車メーカーの思惑とは異なり消費者が必ずしも全面的にEVへの移行を支持していないことが露呈している。

 

比較的環境意識が高く強力にEVシフトを進めている欧州市場でも2023年の新車登録台数の内、いわゆるEVの市場シェアは14.6%に留まっている。22年の12.1%は上回っているが、自動車市場に劇的な変化が生じているとまでは言い難い状況にある

 

依然として最大のシェアを有するのはガソリン車の35.3%であり、ついでハイブリッド車(HEV)の25.8%、ディーゼル車の13.6%、プラグインハイブリッド車(PHEV)の7.7%と続く。欧州自動車メーカーは、全ての新車ラインナップをEVに切り替えるような動きをみせていたが、現状ではガソリン車やディーゼル車を敬遠するにしても、その受け皿はEVではなくHEVやPHEVになっている。環境対応車が好まれはしているが、まだバッテリー型のEVへの完全移行には、消費者が不信感を抱いていることが窺える。

 

また、各国政府もEVへの急速な移行に慎重姿勢を示し始めている。欧州連合(EU)は2035年までに内燃機関の新車販売を禁止する方針だったが、環境負荷の低い合成燃料を例外とするなど、政策の見直しを進めている。急激なEVシフトで各国の自動車産業に大きなダメージが生じると経済に大きな混乱が生じかねないとの危機感も影響しているのだろう。

 

コモディティ市場では、排ガス触媒フィルターに使われるプラチナやパラジウムの需要が急激に落ち込むリスクを限定するという意味ではポジティブな一方、EVの配線などに使われる銅、バッテリーに使われるリチウム、コバルト、ニッケルなどにはネガティブな動きと言える。

 

<EV普及で買替用タイヤ需要は押し上げられる?>

一方、比較的影響が軽微とみられていたのがタイヤ用ゴム需要だったが、EVの普及が進むにつれてタイヤの摩耗が早いとの問題が指摘されている。タイヤは常に路面に接している一方、原材料がゴムのため、通常の使用でも摩耗することになる。摩耗に影響する要因としては、自動車サイドでは荷重と走行速度、道路サイドでは路面条件と温度などがある。

 

EVの場合は、ガソリン車と比較して自動車の重量が大きいために摩擦が発生しやすい特質がある。リチウムイオンバッテリーだけでも数百kgになるが、特にHVやPHEVはエンジンと変動機、そしてモーターとバッテリーを同時に搭載するため、重量が重くなることが避けられない。また、EVは走行開始時のスピードが速いことが魅力だが、これも路面との摩擦を激しくさせる。走行速度が全体的に高まることも、タイヤの摩擦や発熱を発生しやすくさせる。

 

このため、タイヤメーカー各社はEV用タイヤを導入している。従来だと、燃費の向上による航続可能距離を延ばす、静かなEVに対応するための高いレベルの静粛性などが主要な関心事だったが、タイヤの摩耗問題への対策としてもガソリン車とは異なるEV専用タイヤの開発が進んでいる。ただし、荷重と走行速度の問題については現状では急激な環境の急変は想定されておらず、タイヤ問題がEV普及のボトルネックとして認識されつつある。詳細な統計は得られていないが、ガソリン車と比較してタイヤの寿命が半分以下といったユーザーの報告も目立つ状況にある。

 

これは、買替用タイヤ需要の押し上げ要因になり得る。現時点でEVによるタイヤ需要拡大の目に見える効果は確認できずタイヤメーカー各社の決算報告などでもEV用タイヤで攻勢を仕掛ける方針を示すものが目立つが、EV普及によるタイヤ需要押し上げ効果はあまり議論されていない模様だ。ただし、実際にEVがタイヤ摩耗を加速させるのであれば、EVの普及が進んだ際に買い替え用タイヤ需要が従来のトレンドとは異なる展開を見せる可能性もありそうだ。

 

もっとも、EVのタイヤ摩耗問題は、タイヤ需要の押し上げ要因であると同時に、EVの普及阻害要因でもある。EV普及の「コスト」として受け入れざるを得ない問題なのか、タイヤメーカーが何等かの解決策を打ち出すのか、新たなテーマが浮上している。

 

 

<欧州タイヤ粉塵規制をクリアできるのか>

また、タイヤ摩耗問題は消費者にとってはコスト要因になるが、同時に粉塵問題としても注意が求められる。欧州の大気汚染物質の排出基準を定める「Euro(ユーロ)」規制では、これまで主に排出ガスについて議論していた。しかし、2022年11月に発表された「Euro 7」では、更にブレーキやタイヤの摩耗による粉塵に伴う汚染物質(マイクロプラスティック)の排出についても取り上げられた。

 

昨年12月18日にEU理事会と欧州議会が「Euro 7」案で暫定合意したが、ブレーキやタイヤの摩耗による粒子状物質(PM)については、走行距離当たりで粒径の小さいPM10の粒子数に上限が設定されることになった。具体的な測定基準などは24年中に詰められる見通しだが、EVとガソリン車が同じ規制であれば、EV向けタイヤが規制をクリアすることは難しくなる。タイヤメーカーは粉塵の発生を抑制するタイヤ開発を進めているがこれとは別に粉塵そのものを吸収する装置を開発する企業も出てきている。EV用タイヤが「Euro 7」の基準をクリアできるのか、欧州のEV普及にとって課題になりかねない状況になっている。

 

投資は自己責任で