このブログの読者の皆様がご存知のように、神様が意図された摂理と統一教会がしたことには随分ギャップがありました。神様が意図したのは、真の父母と真の家庭の顕現を通して、神様の創造目的を成就する道を開き、全ての人類が、宗教、人種などの違いに関係なく、神様のもとで一家族世界を成就することだったし、それが文先生の本来の教えだったのに対して、蕩減時代に生まれた統一教会は、キリスト教を模倣した教義と、カトリックのような階層的組織を持った宗教団体を信仰の中心と目的にすえました。

 

この結果として、統一教会では、“メシア“を崇拝することが重んじられて、神様の真の家庭は、教会組織の一部としての意味しか持たず、真の家庭の子女が教会に逆らったとみなされれば、教会から追い出して行き、最後には、男の子は誰も残らなくなりました。これは、原理的には、カインがアベルを殺したのを繰り替えしたことになり、それを可能にしたのは、独生女神学に示されているように、母が父に対する主管性を転倒したことだったので、アダム家庭でのエバの失敗も繰り返した結果となりました。独生女神学は韓氏をメシア的に持ち上げて、文氏を原罪を持った人として、引き下げました。エバがアダムを堕落させたように、母に父と長男を屈服させようとしました。今でも、長男であり膝を屈しない文顕進会長を牢獄に入れようとしています。これに手を貸しているのが今の統一教会の組織です。

 

今年の8月、再祝福が予定されています。その意図は、愛と赦しであると思われます。文先生が他界してから7年、文顕進会長の50歳の誕生日を迎えて、苦難の路程を乗り越えてきた中で、安息日のような意味を持ち、この2009年から10年展開した迫害を全て消化した文顕進会長が、自分と歩みを共にする人たち、なるべく多くの人たちを連れて、共に本然の神様の世界に向かって、摂理の道を歩むようにできるための祝福であり、と思われます。具体的なことはまだわかりません。多くの人が、家庭に問題を抱えているのも事実です。でも、持つべき姿勢は、たとえ自分一人からでも、自分の家庭に、コミュニティに、社会に、国家に、世界に、福を広げようとすることだ、と思います。たとえ誰も他にいなかったとしても、自分自身はいるではないでしょうか?私はそのように考える努力を継続しています。

 

統一教会は組織の力を信じています。お金と人数です。でもそれなら、世俗の考えと変わりません。私が描こうとしていることは、そのような観点では理解できないことです。それを知っているのですが、あえて無視をしています。

 

では、私たちが至るべき世界への道を知るために、私の文章を書き始めます。

 

1945年からの7年で新しい国ができるはずでした。1952年には、新しい時代への新しい土台ができるはずでした。今でも韓半島は分断されています。これを一つにできる人は誰でしょうか?神様は歴史を通して働いています。2008年は、重要な年で、2001年から7年目であり、国ができる基盤が立てられるべき時でした。しかし、その時に家庭が崩れ、全てが崩れました。今からは、全てが明らかにされる時です。口を閉じている時代は終わりました。真実が明らかにされ、各自が選択をしないといけなくなります。この世での審判は、あの世での審判と歴史の審判に比較すれば何でもありません。

 

メシアとは三位神ではありません。イエス様は自分を「人の子」と言いました。でもイエス様が亡くなってから長い時間が経った後で聖書は書かれて、ギリシャ・ローマ文明の影響をキリスト教は受けました。ギリシャ・ローマ文明では人間を神格化しました。ユダヤ教においては、神様は人間とは全く違います。イエス様はそのユダヤ教の伝統の中にありながら、神様を「私の父」と呼んだのです。そして、弟子の足を洗って、「私たちは天の父の前で兄弟だ」ということを示したのです。

 

ローマの影響を受けたパウロと、ユダヤの伝統的理解を持った、イエス様の兄弟のヤコブの間の葛藤で始まったキリスト教は、宗教改革において変革を迎えました。その変革は、人間が神様との直接的な関係を持つことができるという信仰と、信仰だけでなく実際の人間の生活をキリスト教徒としてのものにするべきであるという考えです。カトリックにおいては、僧侶階級が罪を清算すると考えられていました。しかし、プロテスタントにおいては、予定説の観点からも、罪深い生活をしているのなら、キリスト教徒ではないと考えられました。そのプロテスタントの実りが米国であり、その米国の宣教師が韓半島に伝道をしました。

 

1919年はとても重要な年でした。独立運動は朝鮮王朝を復活させるためのものではなく、理想の国家を建てるためのものでした。文潤国牧師は、独立運動に深く関わっていました。その文氏の家系から、文先生は生まれました。キリスト教においても、新しい国においても、全ての道が、文先生のために準備されていました。(韓氏はどうだったでしょうか?)

 

今の世界において、誰が神様の真理と善と義に基づいた権威を持っているでしょうか?誰が国を動かす権威を持っているでしょうか?大統領でもない人がどうしてそのような影響力を持つことができるのでしょうか?最も大切なのは、組織ではありません。真の家庭です。2019年から、新たな国が準備される時となります。

 

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