「枠」の外から“養護教諭”を考えてみる。 | 「自分のままで"養護教諭"になる」柏木むつき/YOUKYOUカフェ主宰【関東/関西】

「自分のままで"養護教諭"になる」柏木むつき/YOUKYOUカフェ主宰【関東/関西】

一度きりの人生、本当に「自分」の人生を生きているのか…
考えたことはありますか?
「遠慮しない」未来を描き、
"自分"に還る方法、一緒に考えてみませんか♡

いつもご覧いただき、ありがとうございますピンクハート

ぱちここと柏木むつきです。

(初めましての方はこちらこちらをどうぞ)

(YOUKYOUカフェに込めた想いはこちらです)

 

 

丁度一年前の記事でこんなことを書いていました。

以下抜粋です。

養護教諭時代に良くやっていたのは、

「もしも養護教諭がいなかったらこの仕事はどうすれば回るのだろう?」

ということ。

 

担任の先生の仕事かな?

学年の先生の仕事かな?

といった役割分担的なものはもちろん、

生徒への指導を行うのかな?

保護者への啓発を行うのかな?

地域の人を呼ぶと効果的かな?

学校医や学校薬剤師さんと協力する方が良いのかな?

といった方法論的な視点からも考えるようにしていました。

 

そうすることで、

「全部自分がやらないといけない」

という責任感や、

「これは養護教諭の仕事だから」

といった専門性の視点から一度解放されます。

 

そう、一度「枠」の外で自分の今している仕事を俯瞰してみるのです。

 

そうすると、

自分自身が本当にやらなければならないこと、

自分自身が養護教諭としてではなく「一人の人間」としてやりたいと思っていること、

周りの目を気にして引き受けていたこと…

そのようなことが目に見えて分かるようになります。

 

自分の価値観、

自分の既成概念、

学校という文化、

はたまたジェンダー的観点など…。

 

沢山の「枠」が自分をがんじがらめにしているという事実も見えてくるのですよね。

 

「養護教諭だから○○しないといけない」

「担任との連携は△△の方法が良いって大学で学んだ」

「□□先生は保護者対応はこうする、って言っていた」

「前の養護教諭がこのやり方でって引継ぎしてくれた」

…私たちは知らず知らずのうちに、

これまでの価値観のもの差しや色眼鏡で「事実」をとらえがちです。

それは、良くも悪くもです。

 

目の前の「事実」に対する意味付けは、

実は一人ひとりの捉え方次第。

経験が自分を助けてくれることがある一方で、

経験によって自分に制限をかけている。

そんなこともあると思います。

 

だから、以前の記事にも書いたように、

逆転の発想で考えてみる。

 

「養護教諭」という職種がここまで教育職として根付いているのは日本だけです。

つまりは、世界の多くの学校には「養護教諭」はいないのです。

それでも学校は存在している。

それでも教育は世界共通の課題として存在している。

そんな大きな視点で「養護教諭」という仕事について考えてみると、

新しい視点が生まれてくるのだと、

私自身は大学院で学んで改めて実感します。

 

そしてそれはきっと新しい「自分」との出会いでもあり、

新しくも実は本来の「自分」との再会でもあるのだと思います。


 

今週から2学期が始まっている学校。

来週から始まる学校。

どちらにせよ、長い2学期の始まりです。

ただただ日々の仕事に追われるのではなく、

日々の仕事をクリエイトしながら、

「自分のままで"養護教諭"になる」一歩を踏み出してみませんか?

 

次回以降のYOUKYOUカフェの案内はこちらかからどうぞ♡

 


ショートケーキYOUKYOUマルシェはこちらから。商品はこちらのサイトから購入できますハート

プリン「自分」とゆっくりじっくり向き合うYOUKYOUプライベートカフェハート

マカロン文章に愛を込めたインスタグラムはこちらですハート