自分を変える「一歩」の重み。 | 柏木睦月「自分のままで“養護教諭”になる」YOUKYOUカフェ♡

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「自分のままで“養護教諭”になる」をコンセプトに、YOU(あなた)とYOU(あなた)を繋ぐYOUKYOUカフェを主宰しています。

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ぱちこと柏木むつきです。

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(YOUKYOUカフェに込めた想いはこちらです)

 

先日の記事(「思考」が変わったからこその出来事☆)の中で、

マザーテレサの大好きな言葉を紹介しました。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

 

先日、同じような言葉が書かれている記事を見つけました。

そこには、以下のようなことが書かれていました。

一瞬でも気分が良くなりたいのなら、

笑顔になりなさい

一日でも気分が良くなりたいのなら、

髪型や服装を変えなさい

一週間気分が良くなりたいのなら、

やりたかったことをやりなさい

毎日気分が良くなりたいのなら、

これまでの考え方を変えなさい

たぐちひさと『キミのままでいい』

 

 

 

 

「YOUKYOUカフェって、どうして勉強会やロールプレイング形式、

事例検討会などはやらないんですか?」

と聞かれたことがあります。

 

答えは、

「それは私の役割ではないから」。

そのような勉強会は、全国の養護教諭のサークルや、

市内の研修会、校内研修などでやっていますし、

養護教諭の専門雑誌などで紙面交流も沢山されています。

「真面目」な養護教諭ほど、たくさんそういう実践を読み込んで、

勉強会にも行って、スキルや知識を身につけているはず。

 

それ自体は決して間違いではありません。

とってもとっても大事なことです。

 

 

ただ、私はいつも感じていました。

どうして養護教諭はいつまで経っても苦しいのだろう。

どうして養護教諭はいつまでも劣等感を抱きがちなんだろう。

どうして養護教諭はいつまでも「養護」の枠の中で答えを求めてしまうのだろう。

 

その結果行きついた答えが、

「養護教諭である前に“自分”を知らないからなのでは」ということ。

 

自分の心のクセを知って、

自分の思考パターンを知る。

 

誰かと比べて一喜一憂するのではなく、

誰かの「答え」を求めることに執着するのではなく、

世間の「前提」を疑うことなく受け入れるのではなく、

自分と向き合い、自分で考え、自分の可能性を拡げていく。

 

だって、養護教諭である前に「自分」だから。

 

 

そのためには、マザーテレサもたぐちひさとさんも書かれているように、

「思考」や「考え方」の筋トレが必要なのです。

そういう「心の土台」の上に養護教諭という存在は成り立っていると思うのです。

 

そう思ってYOUKYOUカフェを立ち上げました。

 

まだまだ、YOUKYOUカフェで伝えたいことをきちんと伝えきれていなくて…。

時々そんな自分に歯がゆくなる。

自分の力不足を実感して悔しくなる。

 

 

自分を知ることが養護教諭としての未来の可能性を切り拓くものであること。

「変わりたい」と思うのであれば、「思考」を変える一歩を踏み出す勇気を持つということ。

(きっとこの「変わる」は自分に「還る」ということなんだろうけれど)

 

 

自分を変える「一歩」の重み。

「自分のままで“養護教諭”になる」ための「一歩」の重み。

これからも一番大事にしたいメッセージだな。

 

 

根気強く、一歩ずつ一歩ずつ。

 

 

 

 

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