スーツケースではなく風呂敷で♡ | 「自分のままで"養護教諭"になる」柏木むつき/YOUKYOUカフェ主宰【関東/関西】

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一度きりの人生、本当に「自分」の人生を生きているのか…
考えたことはありますか?
「遠慮しない」未来を描き、
"自分"に還る方法、一緒に考えてみませんか♡


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この前、尊敬する人から聴いたお話。

 

人は人生において自分の「スーツケース」を持っていて。

その中には、自分の価値観に合ったものが入っているそう。

 

例えば多くの教師の「スーツケース」には、

「先生の言うことを聞く子」

「集団ルールを守って場を乱さない子」

「空気を読んで静かに話が聴ける子」

が入るようになっていることが多いようで、

その「スーツケース」に入る子だけが「合格」。

 

だから、

「スーツケース」に入らないような“規格外”の子は、

その「スーツケース」の規格に合うように求める。

だって、「スーツケース」ありきの指導だから。

 

大きな風船のような子どもは、

「スーツケース」に入れるために空気を抜かれ、

凸凹していて入りにくい子どもは、

出ている部分を削られ、

ちょっと尖っている子どもは

「危ないから」と折られてしまう。

 

「スーツケース」に入れなきゃ、指導できないから。

「スーツケース」に入れることが良いとされている教育だから。

 

「スーツケース」ありきだから、

入れられる子どもも苦しいし、大人もその中に押し込めようとエネルギーを使ってしまう。

 

 

 

その人は言っていました。

「スーツケース」ではなく、みんなが「風呂敷」を持てば良い、と。

 

「風呂敷」を拡げて、そっと優しくその子どもに沿った形で包み込む。

自分一人の「風呂敷」では入りきらない子どもは、

他の教師や保護者、地域の大人たちの持っている「風呂敷」と端っこを結んで、

大きな大きな「風呂敷」にしてしまえば良い、と。

学校全体、地域全体、社会全体で「風呂敷」の端っこを結び合えば良いだけなのに、と。

 

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この話を聴いて私は思いました。

自分自身のことも、

「常識」「枠」「慣習」といった「スーツケース」の中に必死に押し込もうとしている人、

きっと多いだろうな、と。

そうやって、その「スーツケース」に入れない自分のことを

「ダメな人間だ」って思いこんでいる人、多いだろうな、と。

 

 

「スーツケース」が当たり前の前提そのものを疑う。

「スーツケース」の規格そのものを問い直してみる。

「風呂敷」の方が持ち運びも便利だし、

自分がどんどん軽くなっていくことができるのなら。

 

私はどんな「風呂敷」を持とうかな?

どんな「風呂敷」を持った人と端っこを結び合うのだろう?

 

そんなことを考えるとワクワクしますね。

 

 

 

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