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「ふぃー。こんなもんか」
幸いあんまりこの時間は客が来なかったので、パン作りに集中することができた。
まーくんにはあとは焼くだけと言ってたけど、時間もあったからひとりで集中して新作のパンを試作してみた。
パンはたかがパンだと言われがちだけど、実は奥が深い。
季節や気温によって生地も少しずつ原材料を調節していかないといけないし、成形も芸術と同じで創造性をかきたててくれる。
おいらはこのパンを作る工程が大好きだ。
おかげさまでまーくんが販売の方を担当してくれるようになってから余計に集中できるし、作品としても腕が上がった気がする。
あの笑顔で客はもちろん、おいらまで癒されている。
ホントに、まーくんには感謝しかない。
パンが焼き上がるまで、レジの前にすわってのんびりする。
そろそろまた混み出す頃だ。
ま、今日はまーくんいなくても大丈夫だろ。
残念がる客はいっぱいいるだろうけどな。
そんなことを考えているとパンが焼きあがる音がしたのでまた奥へと入っていく。
パンをトレーに並べているとカランカランとドアの開く音がした。
お客さんか。
まぁ、入ってきてもパンを選ぶ時間があるからと思ってのんびりと店内に歩いていったが、客が誰だかわかったとたんピタッと足を止めた。
「あ!大野さん!こんにちは!」
「あー、はい。いらっしゃい……」
けっこう常連のオトコの客。
この近くで会社を経営してるらしいんだけど。
若くして社長らしいんだけど。
いわゆる成金のようなチャラい見た目にそれだけで嫌悪感が増してくる。
まぁ、それでも客だし、と思ってたんだけど。
最近はそうも言ってられなくなった。
「ねぇ、大野さん!まーくんは!?」
「あー、今日は、いないっすねぇ……」
って、おめーがまーくんて言うなよ。
うっかりコイツの前でおいらが言っちゃったのがいけないんだけど。
「えー、まーくんいないのぉ?俺まーくんに会いに来たのにぃ~」
「あ、そうなんですか…すみません……」
じゃあ早く帰れよ!
「そっかぁ。じゃあどうしよっかなー。
あ、まーくんの住んでるところって、」
「それは教えられません」
「……ええー……いじわるだなぁ、大野さん」
そんなもん教えられるわけがないだろうが。
バカじゃねーのか?
おいらはなかなか帰らないこのオトコに珍しくイライラしていた。
頼むからこんな時にまーくん帰ってこないでくれよぉ~。
と、思ったら非情にもまーくんは帰ってきてしまった。
「おおちゃん、ただいま~」
「あ、おかえ、」
「まーくんっ!」
おいらが言い終わる前にソイツが風のようにまーくんの元へと走っていった。
ホコリ立つから店内で走んなよ。
「あ、ああ……いらっしゃいませ~」
一瞬戸惑ったまーくんだったけど、すぐに満面の笑顔であいさつを返す。
でも握られた手をさりげなく離すと店の奥へ入っていってエプロンを手に戻ってきた。
レジ前に立つおいらの隣にまーくんもちょこんと立つ。
まーくんはオトコがいつパンを選び終わってもいいようにレジに立ってるのに、オトコはパンを選びもしねーでまたまーくんにちょっかいをかけだす。
「いやぁ、まーくんいつ見てもカワイイねぇ」
「イヤ、そんなことないですけど…」
「なんでそんなにカワイイんだろうねぇ」
「え、いや…わかんない、ですけど」
「この手もスベスベだよねぇ。気持ちいい~」
「んっ、くすぐったい……っ」
「ふふ、まーくんのそんな顔もカワイイなぁ」
「イヤ、あの…パン、選ばなくていいんですか?」
「あー、いいのいいの。俺まーくんに会いに来たんだから」
「え?パン、買いに来たんじゃないんですか?」
この時、まーくんの声が若干低くなったのに、このオトコはもちろん、おいらもイライラしてて気づかなかった。
「そうだよー。パンなんてどーでもいいの。俺はまーくんに会いに来ただけだから。
この気持ち、わかってくれる?」
パン買いに来たんじゃないなら帰れよ。
つーか、いい加減まーくんの手を離せや!
おいらはもうそろそろガマンができなくて、客だけどもういいやって思ったら、それより先にまーくんが口を開いた。
「パンを買いに来たんじゃないなら、帰ってください」
「……へ?」
「ここは、おおちゃんがていねいに、一生懸命愛をこめて作ったパンを売ってるとこです。
パンを買いに来たんじゃないなら、帰ってください」
ソイツをキッと見ながらまーくんが言い放つ。
「え……?まーくん?」
いつもニコニコと笑顔を絶やさないまーくんがすんげぇこえー顔してソイツを睨んでるのを信じられない目で見てしまった。
もちろん、睨まれてる張本人も目をパチクリさせて戸惑っている。
「オレはここでおおちゃんが焼いてくれるパンを大切にお客様に提供させて頂くお仕事させてもらってます。アナタとつまんない話しするためにいるんじゃありません。パンを買わないのなら、帰ってください」
ハッキリキッパリ言い放つまーくんにおいらは心の中で拍手しまくっていた。
つづく……