56歳からの再スタート。借金・リストラ・介護を乗り越えた私の物語
はじめまして。
Pノ助です。
このブログに訪れてくださり、ありがとうございます。
借金、失業、そして親の介護――
誰にも言えない苦しみや悩みを抱えながらも、
私は諦めずに一歩ずつ歩み続けています。
1968年生まれのアラ還間近。
15歳の時に両親を看取るまで世帯は持たないと決めた僕の前から、2018年にウチ母、2020年にウチ父とそれぞれ他界していきました。いまだに後悔しかないです。
(親孝行は早く、たくさんした方がいいです、マジで親がいるうちに(実感))
両親の壮絶なダブル介護を終え、ようやく一息ついた矢先の2025年3月、56歳でリストラされました。(知人の裏切りが原因です。鉄板メニューにデザート付きのフルコースでしたw)
まさに、崖っぷちからの再スタートです。
アラ還も目前という時になぜ今更ブログを書き始めることにしたのか?
それは僕がこれまで経験して得たものを、あなたが生きる上で活かしてもらいたい、少しでもお役に立てたらとの思いからこのブログを立ち上げました。
大きく言って、僕のブログは3つ構成で成り立っています。
一つ目は、僕の波瀾万丈な実話ストーリーです。
二つ目は、年齢なんて上でも下でも関係ないと思える程の彼女と僕との日常です。
そして、三つ目は、経済的自立への方法です。
なぜ、このようなブログにしようと思ったのか。その理由、それは僕自身が貧困やリストラを経験しながら生きている人生ですが、振り返るといつでも楽しく元気な彼女や志を同じく前に向かって生きているパワフルな人達がいたことに気づいたんです。
この経験を通して僕の生きる意味とは何だろう?どんな意味があるんだろう?と、クラフトビールや、レモンサワーを飲みながら生成Aiなみに思考をめぐらせました。(酔っていただけです)
きっとそれは、僕が出会った人達は、年齢や性別なんかは関係なく、人として精神的なつながりを持つことがとても大切なんだと気づかせてくれる人達だったんだと気づけたからでした。(反面教師が9割強ですかね、きっと)。
僕は今はそう思えています。(もっと早く昔に気づきたかったなぁ…)
今僕は、このブログを通じて、年齢とか性別とかに関係なく、人として精神的な繋がりで僕と一緒に語り合える人と一緒に幸せになり、その人達の幸せに微力ながらも尽力したいと思っています。
ここで少し僕のお話をさせてください。
まだ長くなるから、この辺りでお腹いっぱいな人は席を離れて大丈夫です!w
10代後半、高校1年の時父が倒れた…
僕の家族は大病により障害者となったウチ父、70歳ぐらいから特定疾患のパーキンソン病を患っていたウチ母と、2つ下の妹の4人家族でした。
(よく乗り越えた”俺”と、もっと孝行してあげたかった”俺”がいまだにいますw)
ウチ父は僕が15歳の時に12時間に及ぶ手術のうえ、一命を取り止めるも右半身付随となり普通の生活をするのが困難になりました。
そんなウチ母は、ウチ父を介護しながら僕ら兄妹を母は一生懸命育ててくれていましたが、僕が45歳の時にウチ母はパーキンソン病を発症してしまいました。
(今でも、父が病院に運ばれた日に何も知らず呑気に、腹を空かしておやつや晩飯を考えて帰宅してきた、アンポン息子の僕は、玄関のドアを開けた、あの時のどんよりとした重い息苦しくなる暗い家の空気がいまだに記憶にして、そして肌感に深く深く刻まれて、今も残っています)
ウチ父が倒れてからの我が家の生活は想像できないくらいの大変な生活に変化していきました。(何せ、障害者のウチ父の面倒とまだ思春期真っ只中の僕ら兄妹がいましたから)
僕はこの頃から、家の隣のコンビニでバイトして廃棄する食料を自宅に持ってきては家の食料にしてましたね。(あと、エロ本パクってましたw)
相変わらずの貧乏生活の中、ウチ母は僕ら子供達を育ててくれました。
この時の大変さを記した手記が出てきた時は、ただただ申し訳ない気持ちと、「母の愛」の大きさ、偉大さを感じましたね。(これ連載ストーリーのシーズン2に入れる予定だったんですけど、僕にはというより、自分の親が書いてる文があまりにも辛すぎる「一行」だったので、いざ書こうと思っても、その手記に記してあった文をキーボードで打ちこもうとしてしても、2025年6月時点でキーを打てません…)
ウチ父が他界してからの2020年から2022年の2年間近くの期間はパンデミックとも重なり、一気に仕事は激減。(この時も、例の知人の会社だったんですけど、ここでも馬と鹿にしか思えないことばかりした結果なんですよね)
僕の収入は入金があったりなかったりが繰り返され、2021年に入ってからは収入もほぼ入ってこなくなり、家賃や支払いの滞納で退去寸前まで追い込まれ、茶碗一杯分のオートミールしか食べれなかったこともありました。
ほとんど食事ができなかった日ばかりでした。体重も約1年間で-16kg減となり、成人してから一番体重が軽かった時がこの時でした。(よーし!好きな服着れるじゃん!細マッチョだあ!ってかなりポジティブに栄養不足な思考すぎて、常に家で筋トレしてましたw)
流石にこの時は、毎朝目が覚めると催促の電話や訪問の恐怖で、居留守をしたり1日中近所に外出しているような毎日が続いていました。
実際この頃の僕と彼女は精神的にも不安な部分もあったと思います。大きな喧嘩こそしなくても、軽い口論などもありました。
その理由は全て僕にありました。収入がないという現実とこの先の不安が常に付き纏っていたにも関わらず、いつ仕事が入ってくるかもしれないからと言い訳をして、他に仕事を本気で探さずいましたし、彼女には「例の知人」に金銭の請求をもっと強くかけるべきと言われていました。
例の知人に言っても毎回やんわりかわされてばかりで、僕自身がやり取りにうんざりしていたっていうのもあります。
実は彼女が後になって教えてくれたのですが、別れることも考えてはいたそうです。当たり前ですよね。
しかし、彼女自身も僕の収入が安定していない中、就職という枠から外れて自分のやりたい事へと進んだ為、選択のタイミングを間違っていたのではという自責の念がありました。
僕が「あなたは間違っていない。進みたい道に今は大変でも進んでいいから」と言い続けていてくれた、その言葉で今は一緒に頑張るしかないと思い止まってくれたそうです。
流石にこれを聞いた時は「ありがとう」という心からの感謝しかありませんでしたし、精神的な強さを感じました。
2024年、50代後半やっと大器晩成がきたー!のはずが、
この大変な時期を乗り越えて、例の知人と2人で再度立ち上げた新規事業に、資本参入して参画してくれる企業が現れ、合弁会社をスタートさせることができました。(この時は本当に”大器晩成”って運勢を信じましたよw)
これからの人生の不安を解消するための準備ができると期待に胸を膨らませてのスタートでした。
僕らが立ち上げた会社は製造から設置までを一貫して自社で行う「再生可能エネルギー(水素および太陽光)発電システム」でした。時代に求められていた事でしたから、ラッキーでした。
しかし、この事業がなぜ1年で終わり僕がリストラになったのか?
あなたなら大体想像はついていると思います。
僕が一体どんなことをしでかしたのか?
それは僕ではなく、一緒に立ち上げて役員になっていた役員が、わずか1年で2名もコンプライアンス違反で辞任しました。
この1年の間にスタッフも在籍しており、さらに増員する矢先の出来事でした。
何があったのか?
それは、2024年役員1名は横領、2025年もう1名の役員(これが例の知人です)は社外的に企業倫理に反した詐欺的な営業活動および横領です。(もうねぇ、ドラマでも観てるのかと思いましたよマジで)
50代リストラおじさん誕生…
それなのになぜ何もしていない僕までリストラになったのか?
僕は初期のスタートアップメンバーだったからです。合弁会社には出資先から社長1名、役員1名、こちらは例の知人が役員となり僕と合わせての計4名からのスタートでした。
このうちの役員2名が辞任、残るは社長と僕と数名の社員です。
しかし、2人目の役員辞任後、主導権が出資先になったことで、危険分子になった僕は問答無用で出資先の役員会でリストラ決定とされたことを社長から聞かされました。
事業自体はどうなったのか? 縮小されると聞いてます。
こんな状況ですが、彼女はいつも明るく! へこたれない精神でメンタル面でも強くなっています。精神的に成長した彼女と話していると、人は性別や年齢とは比例しないのだと思えてきます。
こんなにも毎年心労が重なる事柄が続き、さらにリストラをも経験した僕は、今後の事を思案している毎日でした。
毎日悩んでいる時にふと、昔のサラリーマン時代の部下が思い浮かびすぐにLINEで連絡をしていました。彼とは年に1、2回LINEや電話を続ける程度です。僕が彼のいる会社を辞めてからかれこれ10年以上の繋がりではあるのですが。
その彼は、ある1人の方を紹介してくれました。彼に連絡をしてから2週間後その方と東京で会うことになりました。
その方はMさんという方で、僕とは年齢が1つしか変わりません。現在、御自身でIT企業起こされ、社長として奮闘されている側、自身のビジネスを通して日本全国にいる人達の自己成長を全力で助けているバイタリティー溢れる方でした。
Mさんはリストラされたばかりの私の過去や彼女との話を熱心聞いてくれ、僕に一つの提案をしてくれました。
それは僕の人生をブログに書いて、色褪せる事の無いデジタル記録として残すことで、それが僕の財産になることを教えてくれました。
僕の辛い時の事に、関心を持ち、或いは共感を持ってくれる人たちや勇気づけられる人が出てくると。だから、ブログでストーリーとして書いていきませんか?と。
どんな苦難であっても、新しく人生を進み、成功を掴めば、過去の人生を価値に変えることができる、とMさんは真剣な眼差しで僕に伝えてくれました。
Mさんが僕に教えてくれたことは、一筋の光明にさえ感じたことに加え、自らの直感を信じ、ブログを書く決意を固めました。
僕の過去の出来事が、人生で悩んでいるあなたの、生きていく希望やヒントになってくれたら、僕は本当に嬉しいと思っています。
また、Mさんはブログを書くことで、経済的基盤を作り出すこともできると教えてくれました。
リストラされ、再就職先も厳しく、経済力を維持できない状況の僕にとって、ブログを通して経済的な自立への道を教えてくれたことは感謝の思いです。この感謝の気持ちは、僕のブログを読んでくれたあなたに感謝する気持ちと一緒です。
そして、僕はMさんと話すことで、僕の使命(=年齢とか性別とかに関係なく、人として精神的な繋がりで僕と一緒に語り合える人と一緒に幸せになり、その人達の幸せに微力ながらも尽力したい)に気づくことができました。そして、それを実践し、出会ったあなたにお伝えしていきたいと思っています。
また、あなたに役立つお話もさせて頂きたいと思っています。
僕はこのブログで、年齢、性別を越えてあなたの役に立てる為に、人生を生きる上でのヒントとして
一つ目は、僕の波瀾万丈な実話ストーリーです。
そして、あなたと未来を語るきっかけに
二つ目は、年齢なんて上でも下でも関係ない、僕と彼女との日常です。
そして、三つ目は、経済的自立への方法です。
この三つを柱に綴っていきます。
年齢とか性別とか関係ありません。大切なのは人としての精神面での繋がりだと思ってます。
一緒にこれからの未来を語り合いましょう。
宜しくお願い致します。
Pノ助
P.S.
僕が、このAIとの対話を元に、具体的にどうやって自分の「経験」を「読まれる記事」に変えているのか。
そのための”3つの特別なプレゼント”をご用意しました。
僕がブログを始めたばかりの頃に、「最初にこれだけは教えて欲しかった…」と心から思ったこと。その全てを、このプレゼントに詰め込みました。
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最後まで読んでもらえて嬉しいです!!
ありがとうございました。
(
だなぁ
)
これに懲りずに
またきてくださいね〜![]()
Pノ助٩( ᐛ )و![]()
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