メーデー♪ | 尾瀬岩鞍の日記

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2021年5月1日(土)メーデー

おはようございます。尾瀬いわくらキャンプ場、今日も元気に営業しておりますよ~♪

今日からは今まで以上に皆様にお越し頂く予定です。お気をつけてお越し下さい。

場内では↓スイセンも綺麗に咲いておりますので、お時間のある方は散歩がてら、癒されてみて下さい。

白樺の森にこんな感じで咲いてます!いいでしょ?

 

それから先日桜を載せましたが、今日の方が綺麗に咲きそろってましてこちらも載せておきます。

ピンクと白のコラボこれもいいですね。

 

ここからは雑談です。

本日はメーデー?!普段から何気なく使っていますが、果たしてメーデーって?なんぞや?と思いWikipediaさんにお世話になって調べてみた。

 

世界各地で毎年5月1日に行われる労働者の祭典ヨーロッパではの訪れを祝う意味を持った日である一方、旧東側諸国などでは労働者が統一して権利要求と行進など活動を取り行う日としている国もある。「労働(者)の日」(Labour Day)ともいうが、いくつかの国ではその国独自の「労働者の日」を定めているため、International Labour Day との言い方も存在する。

 

日本では、1905年(明治38年)平民社の主催で開かれた茶話会がメーデーの先駆けと言われている[8]。引き続き1906年に横浜曙会の吉田只次・村木源次郎・金子新太郎らがメーデーを記念し街頭演説、ロシア二月革命後の1917年5月7日に在京社会主義者約30人がメーデー記念の集いを開催した[9]。労働団体が挙行にいたるのは戦後恐慌時の1920年5月2日日曜日[10]に第1回のメーデー(主催:大日本労働総同盟友愛会 司会者:鈴木文治)が上野公園(現在の東京都台東区)で行われ、およそ1万人の労働者が「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴えた[11]。翌年からは5月1日となり、開催地や参加人数も増えていった。

しかし、1936年二・二六事件発生により戒厳令が敷かれた後、同年3月19日付けで治安維持を目的とする内務省警保局通牒「集会及多種運動の取締方に関する件」(「多衆運動ハ従来慣行ニ依リ許容ジラレツツアルモノト雖モ右期間中ハ凡テ之ヲキンシスルコト、従テ愛国労働祭又ハメーデー等の計画アル向ニ対シテハ予メ之ヲ中止スル様諭旨スルコト」)が発せられ、3月24日にメーデー開催が禁止された。第17回メーデーは中止された。これに反対する無産政党日本労働組合全国評議会(全評)の組合らは3月26日にメーデー禁止措置反対行動を起こし、内務省警視庁へ抗議、4月27日に全評の山花秀雄が組合幹部個人の名義でメーデー実施を指令し、当日は小規模ながらも全国で様々な形の集会やデモが開催された。指令を発した山花はメーデー終了まで愛宕署に検束拘置された。この年から1945年まで日中戦争激化などの理由で開催されることはなかった。

朝から参考になったでしょうか?