公開日: 2018/9/5
タイトル: When Subaru Came Out
ポッドキャスト: Planet Money
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概要: 米国スバルの成功の裏にはレズビアンを対象としたニッチマーケティングがあった。
90年代前半、トヨタや日産等を相手にスバルの売上は低迷していた。位置付けがはっきりしておらず、やり手の広告代理店によるキャンペーンも失敗し、社内のモチベーションも下がっていた。しかし全輪駆動車だけは売れ行きが好調で、スバルは人気の車種に活路を見出そうと購入者にインタビューを行った。

購入者は主にアウトドア愛好家、エンジニア、教育者、医療従事者という一見ばらばらの4つのカテゴリーに分けられたが、共通するのは女性、特に世帯主である女性が多かった。マーケティング担当者は、ゲイである調査会社スタッフが何気なく言った一言に注目した。「スバルを持ってる私の友人も皆レズビアンなんですよね」と。第5の顧客層の可能性に興味を持ったスバルは、ゲイ・レズビアンの消費者戦略を得意とする小さな広告代理店Mulryan/Nashにコンタクトをとった。
代理店側も驚いた。90年代初めはまだエイズ危機の影響があり、ゲイやレズビアンの消費者を敬遠する企業が多い中での依頼だった。自身もゲイであるNash氏はマジックミラー越しにインタビューの様子を観察し、参加者(なんと100%女性だった)が特定のグループに属する女性、レズビアンであると結論付けた。

ターゲット層は特定できたが、この結論に基づく提案をするには勇気が要る時代だった。米軍内では"Don't Ask, Don't Tell"で兵士が同性愛者であることを公言しない限り不問とされており、この数年後には各州に同性婚を認めない権限を与えるDefense of Marriage Actが署名された。スバル社内でもカミングアウトは難しかった。Nash氏も、自動車のような主流の業界では多くの抵抗を受けるだろうと身構えていた。しかし社長はプレゼンを聴き、Mulryan/Nashに発注した。

それまで築き上げてきたスバルのイメージを維持しながら新規顧客を開拓するため、広告にはゲイやレズビアンだけが気付くようなメッセージを織り込んだ。当時流行っていて主演女優がレズビアンの間でも人気があったドラマ"Xena: Warrior Princess"や、同性愛者に人気のProvincetownを想起させる文字をナンバープレートに入れる等、 わかる人だけがわかるような広告を打ち出した。

2年程このようなキャンペーンを続けた頃、効果が数字に表れてきた。無論、調査により特定した4つの顧客グループにも働きかけてはいたが、スバルは2000年についに、レズビアンであることを公言している元テニス選手、Martina Navratilovaを起用した。有名人がテレビCMや広告掲示板で車の宣伝をする。ニッチ戦略はもはやニッチではなくなった。Navratilova起用の1年後、スバルは過去最高の売上を記録した。2006年頃にはスバルの業績は安定し、リーマン・ショック後の不景気も、米国の自動車会社の中で唯一マーケットシェアを失わずに乗り越えた。

現在スバルはゲイやレズビアンをターゲットとしたマーケティングを行っておらず、顧客の趣味や関心に焦点を置いた広告を出している。あるマーケターは、同性愛者を公言している人が多い現代では、90年代のようなニッチ・マーケティングは古いのではないかと推測する。しかし当時スバルの広告を見て内輪ネタに癒され共感した人々がいることは確かである。

 

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カミングアウトした友人や同僚が身近にいること自体珍しい日本では到底思いつかないであろう戦略が、20年以上も前に日系企業に採用され功を奏していたとは。

パーセンテージ上はマイノリティーでも、消費者一人一人の購買力は侮れない。先日も"How I Built This with Guy Raz"というポッドキャストで、PayPal創業者でBuy-Now-Pay-Later(BNPL)サービスのAffirm CEOのMax Levchin氏が、信用格付けでは低く評価されがちな非白人が優良ユーザーとなり、口コミによる集客にも一役買ってくれていると言っていた。今後どのような顧客層が発掘され新しいサービスが出てくるのか楽しみだ。