僕は今は女子サッカ-応援に費やしているが
そもそもの始まりは全く違っていた。
子供の頃勿論プロリ-グなど日本に無く
イングランドの試合をテレビで見るのが
何よりの楽しみだったと同時に
当時の日本リ-グも見に行っていた。
東洋工業、三菱重工、ヤンマ-、古河電工
八幡製鉄など当時の日本を代表する企業が
チ-ムを作ってリ-グを行っていた。
僕はそんななか杉山、落合、森、細谷など
見ていて切れのある選手の多い
三菱重工を応援していて当時の国立競技場で
釜本のいるヤンマ-との試合などでは
多くのファンが押し寄せて初期のブ-ムの中
小学生だった僕は友達と見に行っていた。
その動機と言えば言えるのかもしれないが
三菱のユニフォ―ムがチェルシ-のそれを
モデルとしてるのではないかと思う
ブル-にパンツのサイドに白ラインが
彼らのプレ-スタイルにとてもあった
颯爽としたイメ-ジがあったのである。
そんなことも一因としてあった俄かである。
いったい世界の舞台に上っていくのに
どれだけの時間を費やしたのか。
ド-ハでイラクに同点弾食らったのが
1993年だからメキシコオリンピックから
25年もかかってまだたどり着けなかった。
ワ-ルドカップは勿論オリンピックにすら
縁のない長い時代を断ち切ったのは
前園というスタ-がサウジアラビアから
奪った2ゴ-ルだった。
今では穏やかな話し方の印象的な彼は
当時何とか世界への鍵を開け放とうと
それはリ-ダ-シップのある選手だった。
だが彼はワ-ルドカップには出なかった。
1997年。
日本は初めてサッカ-が大声援の中
ワ-ルドカップの予選を戦っていた。
なかなか勝てない試合が続いて
今回も駄目じゃないかという空気が広がった
アウェ-での韓国戦
韓国がすでに出場権を得ていると言う
微妙な空気の中確か2対0というスコアで勝ち
何とか首の皮一枚残してジョホ-ルバルへ。
当時の熱狂ぶりは日本も世界基準で
物を考える時代がやっとやって来たかと思う程
多分日本中の人達がその試合を日曜の夜遅くに
見ていたことだろう。
それどころかスタジアムは日本応援の
青いシャツがほとんどのホームゲ-ムの様相
やっとたどり着いたフランス大会でも
スタジアムは青いシャツを着た日本の応援が
殆どという様相で結果3試合とも負けたのだが
サッカ-に対する情熱が一番高かった時代。
2002年の日韓大会は言うまでも無く熱狂したが
それを境に日本の経済的国際的地位が低下
していくのに合わせサッカ-への関心は
段々落ちていきワ-ルドカップがあっても
現地で応援しているのは少数の人達だけ。
今行われているアジアカップ
イラク戦は完全なアウェ-のスタジアムで
その中戦うのは厳しいものがある。
話しは変わって女子のパリオリンピック
最終予選は北朝鮮と日本で行われる。
来月24日が平壌。
多分6万人くらい集まる完全アウェ-の戦い
なでしこアジア大会でアウェ-の厳しさを
感じていたことだろうが今回のメンバ-
(まだ発表されていないが)
あの空気の中飲み込まれなければよいが
僕の想像以上にタフな選手であることを願う。
問題は28日の国立競技場のホ-ムだ。
チケットの売れ行きを見ていると
とても満員のスタジアムになりそうもない
なんでこんなに人気が無いのだろう。
今の選手たちは技術的にレベルが高く
ハ-トの強さも持ち合わせている。
そう何をさしおいてもハートの強さが
見る人の胸を撃つ。
ホ-ムなのにアウェ-の会場のような
リオオリンピック予選の時の轍を踏んで
選手達を後押しできないような雰囲気で
試合をさせたら可哀そうだ。
是非国立競技場を満員にして
思う存分戦える舞台にしてあげよう。
なでしこの選手がアウェ-の戦いを
知らないと言っていたのが気にかかる。
スタジアム全てが敵の応援してる場だ。
アジア大会で経験している選手を
何人か入れて気持ちを共有するのも
大事な事かと思う。
チケットの買い方が面倒くさいの
どうにかならないものかな。
僕もやっとこさっとこ手に入れたが
昔行列して買った方がまだ現実味のある
応援気分満載のイベントだった気がする。