宿題について | こくばん塾 生田英数会 塾長のブログ

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 無神経に宿題を出しても意味はありません。宿題というのは単に「出す」ことよりも「その後始末」のほうが肝心なのです。

 

 たとえば進学実績を伸ばそうと懸命な新興の進学校では一般に宿題の分量が多いようです。しかし、夏休みや冬休みに演習用の問題集から一定の分量の宿題が出されたとして、ノートを提出、先生の検印で終わりといいうことも少なくありません。もちろん相当な人数のノートの中身をいちいちチェックなどできない。だからせいぜい確認できるのは「やったか、やらなかったか」でしょう。当然の事ではありますが。しかしそのような宿題は出しても出さなくても同じではないでしょうか。きまじめにやった友達のノートが、回覧されているという話を聞いたこともあります。

 また、休み中に復習用に薄手の問題集を渡されることもよくあります。内容は基礎確認で、解答もついています。自分で答え合わせをして提出せよ、ということなのでしょう。しかし、基礎確認が必要なような成績下位の生徒は「自己採点で自分を向上させる」というようなことはまず無理だと思ってよいのです。問題を解き、解答と照らし合わせる。成績不振者はまずこのことからして非常に苦痛に感じるはずです。次に、ここはこう思い違いをしていた、原理はわかっていたがここはうっかりしていた、辞書の引き方が不十分だった、など自分で確かめねばならない。そうやって自分を高められるようなら、その生徒は成績下位者ではそもそもいないでしょう。

 

 わたしの塾でも宿題はある分量を出しています。塾では一週間に一度か二度程度、数時間しかその子どもと会えません。だから「塾としての勉強への気持ちを連続させていくために」宿題を出すのです。

 宿題の難易度にはもっとも気を配ります。易しすぎて「鉛筆を持つ手がくたびれるだけ」のような宿題を出すと、生徒は教師をいっぺんで信用しなくなります。かといって、ほとんど手も足も出ない、というような難しい問題もまたよくありません。「やりようのない」問題は「やってもらえない」ので。

 分量も大切です。よく「先生、うちの子は部活が忙しくて週二回はとても通えません。その分、宿題をたくさん出してもらえませんか」という保護者の方がいらっしゃいます。ところが二倍出せば、二倍間違える。その二倍の間違いを週一回の授業で直さなければならなくなります。おそらく直しきれないでしょう。

 宿題の分量はつぎのように決まります。その生徒がやってきた宿題をまずさっと教師がチェックして、間違いを各自が黒板で直していきます。そのときベストな分量があります。2時間の授業のうち半分の半分、つまり30分から多くても半分つまり1時間で直しが終わらなければなりません。そのような分量を個人の能力と性格をみきわめて出すのです。子どもは授業の前半で間違っていたところをヒントをもらってやりなおし、次の課題へ進みます。それは縫い物でいえば「半返し縫い」に似ています。これは、確実でしかも「いつも半歩は前進している」という気持ちをもてる方法です。

 英数会では、ですから各自各様にしか宿題を出しません。分量も難易度もさまざまです。定期テストの前には、出題範囲にそったところを少なめに。(他の科目の勉強もあるので)テストにとらわれなくてもいい時期は、能力のある生徒なら普通学校では触れないような原理的かつ高度なこと。成績が取れない生徒には、思いきって極基礎までまでさかのぼります。その子なりに、だんだんに高度で分量の多い宿題をもらえるようになれば、伸びている証拠です。この「伸びている感覚」は、どんな子どもでも、ごくわずかでも感じれば、かならず次につながる大事な感覚です。