『カタストロフと美術のちから展』へ行った。

 

カタストロフとは、大惨事を意味する。
大惨事が意味するのは、痛ましい出来事、悲惨な出来事。

 

東日本大震災やアメリカ同時多発テロ、リーマンショック、難民問題…

アーティストの視点を通して、普段触れているメディアでは見ることができなかった角度での事実を知る。

 

社会的な問題から個人的な問題に至るまで焦点を当てた作品が並ぶ。

 

 

日常風景を録るつもりが、たまたま911事件の世界貿易センタービル・ツインタワーが破壊される映像が録れてしまったという無題の映像作品。

 

 

ドバイの高級ビルで子供のために囚われたかのようにメイドとして働くフィリピン女性の映像。
お金をばらまいて遊ぶ夢の国。
孤独に働く姿。
 

コントラストによって、より悲劇的。
 

豪華絢爛な未来都市を背に涙を流す彼女は、自分がひどく滑稽に思えるに違いない。
 

この夢の国でゲームのようにばら蒔かれる莫大なお金。
このうちのほんの極わずかなお金で彼女の諸問題は解決するのだ。

 

 

あまりにも悲惨な出来事は、虚構のよう。
 

つくりもののような…これは現実なのだと思うと、胸がぽっかりあいてしまったような思いだ。

 

 

展示の最後には、オノ・ヨーコの作品。
「色を加えるペインティング(難民船)」
 

難民船を思わせる船と空間が広がる。
 

展示に来た観客が、自由に色や言葉を書き加えていく作品。
 

平和への願いがたくさん書かれている。
たくさんの人々の平和への願いが増えていく。
なんて暖かい所だろう。
 

私は、バラや天使やメッセージを描いた。

 

たくさんの方々のメッセージで今後私の描いたものはみえなくなっていくと思う。
 

でも、消えるわけではない。想いは、残り、広がり続ける。

 

 

素晴らしい展示だった。
 

 

絶望的な状況から再起する力。
 

よりよい未来のビジョンを提示するという試み。

 

芸術の力は負の力をも転換し、なにもかも越えられる。

 

 

 

私は、人のために働く人になりたいと願う。
 

宮司さんは仰った。

世の中には、三種類の人間がいる。
 

『一般の人』
『人々のために働く人』
『人々のために働く人を助ける人』

 

 

私は、人々のために働く人にはまだ至ってはいない。
人々のために働く人を助けることは、無償であってもできると思う。微力ながら。
 

でも、この中にも段階がある。
私は、まだまだ低い段階にいるだろう。

 

チャン先生は、個人の利より人を助けるために働いていらっしゃる。 
素晴らしいお方だ。

 

 

私の人生の目標は、お金を得ることではなく、人々のために働く人になることだと…この展示を観て、また思った。

 

でも、それは私の意志と合致していなくてはならない。

 

自分の心を疎かにはしてはならない。
 

心から望み、幸せを分かちあいたいと願う。
心からの感動を共有する。

 

個人的な目標と人生においての目標を合致させるために必要なことを選択していく。

タイでの修行は、そのために必要であるという直観があった。 

 

直観があれば、動くことを迷わず選択したい。
 

それが辛い作業であってもだ。

 

瞬間瞬間、選択の連続。
一瞬一瞬を悔いなきよう。

 

 

 

先日、えなしからLINEがきた。
 

タイに行く私を見送る夢を見たと。
私の向かう先に虹が出ている夢だったそうだ。
えなしの向かう先にもたくさん虹が現れたそうだ。

 

驚いた。
 

何故なら、その日私は「虹 夢」で検索をしていた。
数日前に虹の夢を見たのを思い出したから。

 

 

どうやら、私たちの向かっている方向は間違いじゃない。

 

 

何かを得たいとあまり期待せず、ただ向き合いたいと思う。

人々のために心から働く人物となれるよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

東山魁夷と祈り

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「描くことは、祈ること」
---東山魁夷

 

 

 

東山魁夷の展示に行った。
あまりにも深く感動してしまい、途中から涙が止まらなかった。
 

それもそうか、と思う。


東山魁夷の生き様や想いが絵の中に詰まっているから。
 

その一生が、此処に、集まっている。

 

彼の描く四季折々を見て、思い出した。

消えてほしくないと必死に目に焼き付けようとしていた風景と思い出の数々を。
 

どうにか目に焼き付けようと見つめても、忘れてしまっていた。
忘れていたことさえ、忘れてしまい、寂しさも感じる間もなく。

 

ああ、無常。

 

 

でも、それは無くなったわけではなくて、ちゃんと片隅に閉まってあった。


あの時感じた想いも一緒によみがえってきて、東山魁夷が見たであろう風景に重なる。
 

東山魁夷が感じたであろう想いが、重なる。

 

留めておきたかった想いが、景色が、思い出されて涙があふれる。
 

東山魁夷という人の想いが、人生が、胸を激しく打つ。
 

なんて、美しい人。

 

自然を祈り、人々を祈った。

ただひたすらに彼は筆を握った。そして、祈り続けた。
 

命を懸けて。

 

 

籠められた想いは、消えることはない。
人々は立ち止まって何を感じ、何を思うのか。
 

 

絵に籠められた東山魁夷の想いは、褪せることなく、人々に届き続けるだろう。

 

 

幻想的な白馬の作品群が、素晴らしいと思った。
 

青い風景の中にいる白馬の作品、これは圧倒的で思わず手を合わせていた。
自分でも不思議だった。
本殿に入るときと同じような気持ちになった。
 

これは籠められた想いの力が半端ではない。
まるで菩薩像を見ているみたいだ。
ルドンのグランブーケを観たときもこのような気持ちだった。

 

彼は後に、この馬のことを「自らの祈りのあらわれ」と語った。

 

 

以下美術館本文

白馬に導かれるように《唐招提寺御影堂障壁画》を完成させる中で東山は描くことが祈りであり、それであるならばこそ、そこにどれだけ心が籠められたかが問題で、上手い下手はどうでもいいことなのだと思うに至る。

 

信じがたいことではあるが、これまでずっと自分には才能がないと思い続けていた画家はようやく自分が描き続ける意味を悟り、価値を見出だすことができたのだ。

 

より一層多忙を極め、70歳を越えた身では新たに写生することも難しかったが、これまでに見つけてきた無数の風景を描いてきたスケッチを元に迷いなく創作を続ける。

 

そうして生み出された作品は、もはや日本でも外国でもなく特定の地を離れ、自らの心の中に形づくられた風景を描いたものとなっとおり、それどころか大きな自然の一部を切り取ったような画面の中を東山の線は軽やかに自由自在に動き輝きを増している。

 

その集大成として凝縮された自然を、自らの生命を描き続けた作品群を残し、東山魁夷は、平成11年に惜しまれつつ生涯を終えた。

 

しかし、その作品は未だに日本だけでなく、世界の人々の感動を呼び続けている。

(美術館パネル -心を写す風景画- 参照)

 

 

パネルの言葉を必死にペン(美術館で借りたもの)で書き留めた。
これは忘れたくない大切な言葉だと思ったから。
 

勢いよく書いたので、手が痛くなった。
書き留めたものを読解して書き起こしたのだけれど、多分それほど間違っていないはず。

 

 

唐招提寺の作品を描く際、鑑真の故郷で命懸けで旅をしたそうだ。
それは震えるほどに、素晴らしい作品だった。

 

私の心は、感謝の気持ちで満ちている。

 

 

最後に彼の言葉を載せて締めくくる。


「私にとって絵を描くということは、誠実に生きたいと願う心の祈りであろう。謙虚であれ。素朴であれ。独善と偏執を棄てよ、と泉はいう」

 

 

 

生誕110年 東山魁夷展
期間
2018年10月24日(水)~12月3日(月)
毎週火曜日休館

開館時間
10:00~18:00 
※毎週金・土曜日は 20:00まで 
※入場は閉館の30分前まで

会 場
国立新美術館 企画展示室2E 

http://www.nact.jp/exhibition_special/2018/kaii2018/

今日も最高に生きてる!

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今日、なんでこんなにブログとか文章を必死に書いてるのかなって考えたけど、私はそのときの感情や生きてる証を残しておきたいんだと思った。
そのとき感じた新鮮な想いとか。

 

人間いつ死ぬかなんてわからないし、明日死なないとも限らない。


いつ死んだとしても「あー!生きててよかったなぁ!」ってにっこり笑いたい。

 

 

たまに「結局、なにになりたいんですか?」「何を目指しているんですか?」と聞かれることもあるのだけれど、いつもうまく答えられないけど、本当いうと別に今決めつけないほうがいいと思っていて。

 

明日死ぬとしたら、この先の未来のために物質的に貯蓄していたものって意味を為さないし、死後の世界に持っていけない。
 

お金もそうだし、物だってそう。
肩書きも名誉も持っていけない。

 

そのために今をおろそかにしたんじゃ、本末転倒。

 

持っていけるのは、経験と感動だけだと聞いたけど、そうなんじゃないかなって思う。

 

なんだか、素敵な人と出会って、応援して、一緒に協力して、いろんなことを共有する…
これ以上に大切なことってあるのかしら、と思う。

 

これ以上に素晴らしいものなんて、ないね。

 

生きる上でお金も大事だけれど、お金のことを先に考えて行動したくはないし、打算や計算で利益を先に考えて動きたくはない。
 

それを得ることが、生きる目的ではない。

 

経験と感動をたくさん得るために生まれてきたよ。
共有するために。

 

 

その時やりたいと思ったことをやりたいし、自分の感覚を残しておきたい。

 

それはまったく悲観的なわけではなく。

 

幸せだと思うから。

 

その幸せな時間が消えていってほしくはないから。

 

 

書いたり、写真を残しておけば、忘れてしまってもこの瞬間の出来事みたいに鮮明に思い出せる。

 

私にとっては、ひとつひとつが宝石みたいな時間で、ときどきこんなことあったなって宝石箱を覗く。
そんな感覚もある。

 

 

私はとても悩んでいた時期があったから、今の世の中同じように悩んでいる人が多いことも知っていて、届いてほしいなと思う。

 

悩んでいたからこそ、今この瞬間幸せを感じることができるので、感謝してる。

 

 

残しておけば時を越えてでも届くべき人に届くかなぁとも思う。

 

 

だから、誰か読んでるかもよくわからないブログもずっと書いていくな。

 

きっと。

 

国宝 石清水八幡宮神社

鬼門に位置する比叡山延暦寺と共に裏鬼門に位置し、都の守護・国家鎮護の社として崇敬を受けてきた由緒正しき神社です。

 

 

此処で平和の祈りの祭典が、ひっそりと行われました。

 

石清水八幡宮神職様
比叡山延暦寺 獅子王圓明様
広島長束黙想の家 アレックス神父様
タイ国公式国家伝道師 チャン大長老
白光真宏会総務本部長 鈴木優孝様

 

以上の素晴らしい方々の世界平和についてのお話を聴き、平和をお祈りしました。

 

 

私は、チャン大長老の御一行として参加させていただきました。
土曜日に四ツ谷の坊主バーでチャン先生から学んでいるのです。

 

 

チャン先生は、気づきの話をしてくださいました。


「気づき続ける心は平和」
これは得るものが大きかったです。

実践あるのみと感じました。

 

以前、チャン先生は「知る」「考える」は、似ているようでまるっきり違うものだと仰いました。

 

「貴方は考えて、泳げるようになりますか。泳ぎ方を知ったあと、泳ぎ方を忘れることが出来ますか」
とチャン先生は、問われました。

 

一度知った泳ぎ方を忘れることは出来ません。


「知る」を忘れることは出来ません。
考えて泳げるようになりはしないのです。
 

「知る」しかないのだと、思いました。

 

まずは、体を知ることで、心を知る…。

それが瞑想という実践だそうです。

 

 

負の感情に流されない平和な心を各々つくることができれば…。
個人と全体は、実は繋がっています。
 

その平和な心は、波紋のように全体に広がることでしょう。

 

例えば、足つぼを整えると体全体が整うように、個人としての全体が整うと更に大きなものが整います。
 

入れ子構造になっていて、一部に全てが内包されています。
小が大をも兼ね備えているのです。

 

色々なものを学んでいく中で同じことが書いてあるので、こういうことなんだろうなとぼんやりと分かっているだけです。
 

実体験から明確に学んでいきたいです。

 

実践あるのみです。

 

 

チャン先生は、この日のために2日間も徹夜をされ、東京から京都まで夜行バスでご到着されました。
そこまでしてでも私たちに届けてくださったチャン先生のお心に胸を打たれました。
有り難く、尊いことです。

 

 

 

鈴木様は、私たちにも分かりやすいお話をしてくださいました。

 

二人の仲むつまじい青年が、実は敵対する勢力同士だと知ります。

知ってしまった青年たちは、お互いに葛藤します。

 

「相手は憎むべき敵だったのだ…。彼は、倒さなくてはならない敵だったのだ」

 

でも、一体彼のどこを敵だと思っているのでしょうか。

 

「彼の素晴らしさをもう知ってしまったのだ。彼を心から信じてしまった。どうして憎むことができるだろうか」

 

お互いを知らないということが、争いの原因になるのです。

 

大切なのは、相手の本質を知るということだと鈴木様は仰いました。

 

 

 

 

万物の霊長たる人間の役割についてもお話いただきました。


霊長とはどんなものでしょうか。

 

搾取者ではなく、享受者ではなく、奉仕者。


万物に対し、奉仕をする存在。

 

 

ハッとしました。
万物を生き生きと活かす奉仕をする…その役割すら認識出来ていませんでした。

 

 

奉仕者である。

 

 

この大きな責任を貫く覚悟を既にお持ちだから、この方は芯から輝いているのだと思いました。

 

しなやかで力強い滝のような、龍のような印象の方でした。

 

来賓のお部屋に通されて、錚々たる面々の中で緊張していた私たちにも優しく気さくにお話してくださいました。

 

長たる器を持つ方だと思いました。

 

 

 

「祈りとは、命を宣りだすこと。祈りの力は、最高にして最大にして最速」

 

この言葉も忘れられません。
誰かを何かを祈ることは、決して小さなことではないのですね。

 

 

私は、神社にご奉仕をさせていただいておりますが、神道においても祈りとは大切なものです。


御守りは、祈りがこめられたもの。
ご祈祷は、祈りそのものです。

 

神道とは、日本古来のもの。


万物への労りと感謝への気持ちが、お作法になり、教えになったものです。

規則はありません。
宗教ではないのです。

 

ただ感謝や敬う心を礼儀に表すのです。

 

 

どの民族でも祈りを持たないものはないでしょう。

 

人間の根元。それは言葉より確かなものなのです。

 

 

その後、世界各国の200近い国旗をひとつずつ掲げながら、それぞれの国の名前を丁寧に読み上げました。


そして、みんなで一国ずつ平和でありますように…
と、祈りました。

 

ひとつの国にかける時間は短くとも、それが百を悠に超えるとなると、随分長時間となりました。

 

 

読んでいる間、嬉しくなって子供のように弾むように読み上げていました。
こんなにたくさんの国旗を見たことがなかったからです。
初めて見る国旗と名前、知ることができて嬉しかったです。

 

祈っている間、心は平和でした。
穏やかで、気持ちがよかったです。
何より、共に祈る方々の心の豊かさに触れたからでしょう。

 

 

宗教・国籍・性別を越えて、手を取り合い、ひとつの平和を祈る…。


このような祭典が行われましたことは、誠に素晴らしいことだと思います。

 

このような素晴らしい会が現実にあるとは、私は知らなかったです。

 

そして、知らない方が多いかと思います。

 

 

広がればどれだけいいでしょう。

感動致しました。

 

輪がどんどん広がりますよう。

 

 

全ての素晴らしい教えは、根底では繋がっている。
そう感じました。

 

何故なら、万物を畏れ敬う心、感謝の気持ちを表すことから生じたものだからです。
それぞれ違う形で表しているだけで、きっと根底にある想いは同じなのです。

 

 

この先も、手と手を取り合うことが、出来ますよう。

お互いを知り、分かり合うことが出来ますよう。

 

 

このような素晴らしい会に参加させていただきましたこと、心より深く感謝いたします。

 

 

雨のお宮がまた幻想的で美しかったです。

この後、同日26日に大阪中崎町にあるSalon de AManToにてチャン大長老による瞑想会が行われました。

 

濃厚な1日でございました。

 

 

チャン大長老スピーチ 動画タイ
https://www.facebook.com/kittivamso/vieos/2200359936877114/

 

チャン大長老スピーチ 音声タイ
https://www.dropbox.com/…/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E5%A4…

 

鈴木優孝様スピーチ 音声日本
https://www.dropbox.com/…/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%84%AA%E5%AD…

 

 

チャン大長老と鈴木優孝様のスピーチの音声も許可をいただき、載せております。

 

素晴らしいスピーチです。

是非、お聴きくださいませ。

 

 

 

 

 

Salon de AManTO天人 にて瞑想会の集合写真

太陽の塔内部探求篇

テーマ:



『自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。 
なければなおいい、今まで世の中で能力とか、
才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、
というつもりでやればいいんだよ。』
---岡本太郎

9月27日、太陽の塔の内部に潜入した☀️☀️☀️
最高に面白くて大興奮だった!!!!
ずっと笑顔だった。

ミトコンドリアやらアメーバといった生き物から螺旋を描き、やがて人間へと到達する。


全宇宙がそこにはあった。


万博のテーマは「進歩と調和」
岡本太郎は、そのテーマに反対して原始的な造形の太陽の塔を作った。

会場を覆う能天気な未来志向に「ノン」 を突きつけるためである。

テーマに沿わない造形物を受け入れられるなんて、今じゃあり得ない。
いい時代だなと思う。 

「人類は進歩なんかしていない。なにが進歩だ。縄文土器の凄さを見ろ。皆で妥協する調和なんて卑しい」

その時代、進歩と調和の建物の屋根を突き破って、太陽の塔は立っていた。

そして、進歩と調和の建物は崩れ去り、太陽の塔だけが残った。

壊せなかったんだ。
あまりにも元型的で、魔術的だった。

はるか昔、太古からそこに根を張っているかのようだった。

まるで神様や仏様の像を見ているかのようだった。


生命が輝いた

エネルギーの交歓

魂が歓んだ
 

人間としての誇り、思いだせた。

ひとつ燃えつきたと思っていたけど、まだ有り余っていた。
限界はないね。

太郎さんの言葉に作品に何度救われたことだろう。
私の中に一体になって、生きている。

冒頭に書いたこの言葉もね。
能力なんて肩書きなんてお金なんて、そんなもの、越えてやる。

空は、金色に輝いていた。











 

「私は、世界に日本人として生きたいと思う、それはまた、世界人として日本にも生きることにもなるだろうと思う」
---藤田嗣治

 

 

 

 

*******

 

レオナール=フジタこと藤田嗣治の展示に行きました。
 

「乳白色の肌」と呼ばれた裸婦像を多く描き、マダムたちにも人気が高い画家です。

猫と女性を主なモチーフとしました。

 

私の大学時代の先生が大好きな画家でした。

 

 

藤田の容姿とレオナールと名乗っていたことから、パーティー大好き派手な自称パリジャンに違いないと思っていたのですが、このあいだ実家で日曜美術館の特集を見て、まるっきりイメージが変わりました。

 

彼が残した肉声の自作自演の演劇を聞いて、藤田という人間は思慮深くて、地道で穏やかな性格であるという印象を受けました。

 

だから、行きたいという気持ちが強まりました。

 

第二次世界対戦のとき、パリから日本に帰国後、国の指示もあり戦争画を多く描きます。

 

その時、藤田は長らく離れていた日本に貢献したいという使命感を持って筆を握っていました。

 

しかし、終戦後、戦争画を描いた画家たちは「戦争協力者」として批判を受けました。

 

誰かが責任を取らなくてはいけない…そんな中で、藤田の慕う後輩がこう言います。

「先生、お願いです。責任を取ってください」

 

藤田は日本にいることが難しくなり、パリへ戻ります。

 

彼は、二度と日本の土を踏むことはありませんでした。

 

パリのマスコミからは、「亡霊」呼ばわりをされていましたが、その後もいくつも作品を残しています。

 

フランス国籍を取得し、晩年には藤田は洗礼を受け、レオナール=フジタとなりました。

 

それを聞いて、なんだか切ない気持ちになりました。
 

レオナールとは、彼の洗礼名だったのです。

 

展示に行ってわかったことですが、彼は昔から洗礼を受けることを望んでいたようでした。

 

 

記事の頭に書いた藤田の言葉…彼は祖国を忘れず、フランスに、世界に生き、日本に生きた。

 

よかったと思ったのが、彼は日本人の奥様と共に晩年も多分幸せに暮らしていたことです。

 

 

彼の生き様を知れたこと、彼の軌跡を辿れたこと、有り難く尊いことです。

 

 

 

私は、岡本太郎が好きです。
 

そして、藤田嗣治もまた、同時代に同じフランスと日本に全身全霊で生きた人でした。

 

 

美しい作品たちに触れられました。
 

そこにこめられたものをメッセージを受けとりました。 
 

 

ありがとうレオナールフジタ。藤田嗣治。
愛をこめて。

 

 

画像のバラの花のポストカードは、おうちに飾ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月26日

大阪中崎町Salone de AManTOさんの天然芸術研究所にてタイ国公式国際伝道師チャン大長老による瞑想会が行われました。



私は関西出身なので、AManTOに一般客で二度ほどお邪魔させていただいたことがありました。

ダンサーであり俳優であり中崎町古民家カフェ創始者であるJUNさんが素晴らしいご活動をされていることをfacebookを通して知っていて、チャン大長老と繋がったら、素敵なことが起こるに違いないという直感が出てきました。

JUNさんは、現在も色んな国に行かれていて、私がチャン先生に教えてきただいた因果のことも実体験をもって学び、地球のことを心から考える方だったからです。


JUNさんのご活動のことを池田さんにお話したら、大長老にお話してくださり、京都の神社にゲストとして招かれているから是非会いたいという話になりました。

しかし、ご多忙のため日本にすらいらっしゃらないことが多く、ご本人に連絡がつきませんでした。

電話をしても、スタッフの方でもいつJUNさんが来られるかはわからないそうで、もう直接伺うしかないなと思いました。

せめて、会えなくともAManTOに行って足跡だけでも残そうかと池田さんとお話しました。

池田さんには、「縁があれば会えるだろうし、もう十分よくやったよ。種はまいたからあとは待つだけ。気負わなくていいよ」というようなことを言っていただきました。

チャン大長老も池田さんもわかってらっしゃるから、大丈夫だと安心しました。


東京に住んでいるためチャン先生と共に伺う予定の前日にしか、私がアポイントをとるチャンスはありませんでした。

一人で行こうと思っていましたが、池田さんと15年のお付き合いの大阪でお仕事をされている中川さんをご紹介いただきました。

25日、中川さんとAManTOで待ち合わせをしました。
中川さんは、純粋で優しい方で、ずっと知り合いだったかのような気持ちになりました。
心強かったです。


JUNさんはその日、おられませんでした。
奈良の神社で奉納の舞をされているため、戻らないとのことでした。
スタッフのリナさんにお願いして、JUNさんに瞑想会をしたいという旨をお話していただけることになりました。

チャン先生のプロフィールと京都石清水八幡宮の平和の祭典の書類、私の名刺(がわりの大きなカード)をお渡ししました。


そして、26日になりました。
石清水八幡宮での祈りの式典が終わり、携帯を見ると一件電話が入っていました。
JUNさんでした。
「チャン大長老をお連れください。瞑想会を是非しましょう!」とのことでした。

身体中に電撃が走るくらいの衝撃でした。

急遽、SNSで数時間後に瞑想会をすると告知までしてくださいました。


急な話にも関わらず、たくさんの方にご参加いただきました。
これもJUNさんのお人柄…皆さんとの信頼関係のお陰だと思いました。


チャン大長老は、生き生きとされていて、大変わかりやすく素晴らしい瞑想のお話を聞くことができました。


JUNさんには、ご多忙の中お時間をつくっていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

素晴らしいお二人の出会いに携われたこと、嬉しく思います。 

会うべくして会い、成るべくして成った。

何事も、ご縁とタイミングなのですね。


瞑想会の次の日、私もAManTOでのお話に参加させていただいきました。


チャン先生とJUNさんが繋がるどころか、お二人で中崎町に瞑想センターを設立することが自然な流れで決まりました。

JUNさんは20代の頃、役づくりのために行った戦争まっただなかのタイで、お坊さんに命を救われ、お世話になったそうです。
タイで出会ったお坊さんは、実は40年以上前にチャン長老が寝食を共にしていた方でした。
 

奇跡というか。

必然というか。

チャン先生は、感じとっていらっしゃったのでしょう。

予想以上の展開でした。

中崎町を中心に平和が広がっていきます。

たくさんの方が蝶になり、飛び立っていくだろうことを考えると嬉しくなります。

なにもかも不思議な体験でありました。

お金も肩書きもなくとも、出来ることはあると実感しました。

自分が何者かは考えない方が色んなことができるかもしれないって、最近思います。

私はこういう人間だと定義することで、限界を作ってしまい、可能性を狭めてしまうかもしれません。

誰もが無限の可能性を持っているのだと思います。

大変、多くを学ばせていただきました。
大きなことです。

JUNさん
リナさん
AManTOのスタッフの皆さま
瞑想会に参加された皆さま

ありがとうございました。

チャン大長老
池田さん
武田さん
中川さん
浦さん
愛菜さん

そして、ここに名前を書いていないたくさんの人の支えがあって、実現しました。
一人でも欠けたら、実現しなかったかもしれません。

本当にお疲れ様でした。
ありがとうございます。

皆様、ゆっくりと体を休めてください。

 

 

 

 



リヴァーフェニックス

テーマ:
 
 
昨日の朝、リヴァーフェニックスのことを考えていた。
動物の心を読む番組をyoutubeで観ていたからだ。
 
動物の言葉がわかる女性が、感情を読み取っていく…そんな内容だった。
どうやら動物も魚も色んなことを考えてる。
感情があるのは確かだった。
 
リヴァーフェニックスは、菜食主義者ヴィーガンだった。
恋人が、レストランで蟹を注文した際は、何故わかってくれないんだと泣いて店を出たというエピソードがある。
 
彼は、動物たちの心を考えるほどに想像力があった。
地球の仲間に優しく、繊細だった。
優しすぎて繊細すぎた。
 
それなのに生まれた環境が悪すぎた。
 
彼が生まれたとき、両親は過激なカルト宗教に属していた。
本人の話では、4歳にして強制的に性行為をさせられたという話だ。
 
あまりにも強烈で恐ろしい体験だったに違いない。
 
その体験は生涯彼を苦しめた。
動物愛護運動やカルト廃止運動、貧しい人々への募金活動をする陰で、ドラッグにハマっていった。
 
そして、そのドラッグで命を落とす。
リヴァーフェニックス23歳のことだった。
 
彼の俳優としての演技が、好きだ。
色んな役をこなすことができる才能に恵まれていた。
心に訴えかける演技ができる。
 
音楽の才能にも恵まれていた。
4歳から独学でギターを始め、バンドを結成していた。
作詞作曲ボーカルギターをつとめていた。
夜通し90曲レコーディングしたあと25曲作詞作曲するぐらい凄まじい情熱にあふれていた。
 
メンバーには想像力の爆発と呼ばれていたそうだ。
 
アーティストにとってこれ以上にない誉め言葉だなと思って、ときどき思い出す。
 
想像力の爆発と呼ばれるまでになりたいなって。
 
懸命に生きたリヴァーフェニックスを愛しく思う。
たくさんの人がそう思っている。
 
次は、もっと幸せな愛される人生であってほしいと願う。
 
もしも、どこかで会えたなら
貴方は、素晴らしい人でしたよと言いたい。
 
みんなの優しい想いが届きますように。
 
 
 
 

ラブ&ピース

 
 
 
 
宮司さんは仰った。
「何処かの国の言葉では、平和とは戦争が無いときというそうです」
 
「それはあまりいい言葉ではないです…」
とチャン先生は仰った。
 
この世は二元的。
対立するものでできている。
 
陰陽
男性性と女性性
話すこと、沈黙すること
ひとつのものが存在するとき、
無いように見えて
同時に
対立するものが存在している。
 
表裏一体。
 
では、戦争がないときが平和だというこの言葉…
気になっていた。
 
昨晩、チャン先生は問われた。
「平和の反対はありますか?」
 
わからなかった。
 
「では、円の中心に裏はありますか?」
 
あぁ、そうか。
よかった。
 
 
平和は、二元的なものではない。
 
平和の反対は戦争ではない。
 
戦争の裏に平和があるわけではない。
 
 
そのふたつはひとつなんかじゃない。
 
この世は二元的。
片方が存在するとき、もう片方は見えない。
 
対立するものは、一なるものに還る。
統合されたひとつのもの。
 
平和という中心に。
 
*********
 
帰り道、空に天使さんをたくさん見た。