世の中のDVが減りますように。
人が困っているところを見て見ぬふりをする人がいなくなりますように。 

この三日間長与さんのとこで三周年イベントをお手伝いしてました!

さて本題行きましょう。
絶望と屈辱の日々だった。
あの日ジェラートを食べていれば、あの日に人と待ち合わせしなければ、私の人生は違ったのに、難で私はこんな不運にあったのか…本当に悲しくて悔しくて泣いて、朝起きるのが辛くて、朝起きると絶望し、今日もまた目が覚めてしまったと絶望して、また薬を飲んで寝て、一日中眠り続けた。

人を助けて、悪者になり、警察官に頼れなくて、誰も何もしてくれなくて、唯一助けを求めた相手にも受け止めてもらえなかった現実…

こんなにもろく心は壊れるんだってことを痛感した。
今までの認識が甘かった。

例えば、DVの現場にしかり、「被害者は加害者のもとに戻っていく。」というよく巷で言われている現実もいざ目で見れば心が痛むこと。

事件を目にしただけでも心には深い傷を負うこと。


全て、心のケアは、気休めであり根本的な解決は人の努力と成果を上げることで解決ができると思ってきた。

例えば…東大に受かりたい、周りも期待している、しかし東大に今のままでは受からない、そのうちに自分がいやになり自暴自棄になり、机に向かうのもこわくなったって人がいたらその解決はその人が必死に偏差値をあげること、成果を上げることしか解決がないと思ってきた。

実際、いろんなことを一生懸命やって来たつもりだったからこそそういう風に思ったのかもしれない。

全て、悩みは努力と成果次第で解決すると思っていた。

震災一つとっても復興が一番、そのための協力が一番と思っていた。

でも人の心はそうじゃない、大切な町が波に飲まれた、それは復興すれば云々のはなしじゃない。

人の心はもろくはかないこと。
心は時として強いけどはかないこと。


たかが服が濡れて、それを男性警察官に見られたこと。
怖い思いをしたあと「うちらに助けを求められても迷惑なんだよね」と受け入れられなかったこと。

人はそんなたかが…で傷を負ってしまうこと。
そしてその傷は努力と成果じゃなんともならないこと。

自分の認識の甘さを知った。


だから思いきって、カウンセリング講師トレーニングに応募しました!
講師トレーニングとは大勢の前で、心のケアについて講義をすることです。

ちょうど事件のあった日にもらった応募用紙、三か月の短い期間ですが、思いきりました。

で、もし、私がプロレスを辞めた後でもそうでなくても、これから児童養護施設出身だったり、学校でうまくいかなくなったり、何らかの傷を負って、でもプロレスが好きでプロレスの門を叩いた若い子がいたときに、そんな子がマーベラスに入ってきたときに、しっかり心を支えていける、そんな役にも将来たちたいという気持ちがあります。

だからやります!

まあ、私ゆっくりペースじゃないとまたアップアップになるので、取りあえず無理ない程度に楽しみながら。


私はあの暴力事件を無駄にしない。

プロレスラーというみんなに知られている立場だからこそ広めやすいのであれば、私はやる。

無駄にしない。

あの暴力事件。

事件に遭遇したこと。

痛みを知って分かったこと。

あー人生は勉強だらけだな。