自由気ままな下手くそ小説 ~第二弾 マーチングバンドが舞台 「見えない手と手」~ -6ページ目

第161章―秀樹、千尋、四才

 「―― 秀樹ー、ちょっと来なさいー。」

「えー……、もうすぐで、かきおわるのに……。」

 玄関のお母さんに呼ばれた秀樹は、手に持っていたクレヨンを投げ捨て、しぶしぶ立ち上がる。そして玄関までちょこちょこ歩いていくと、お母さんを見上げて聞いた。

「なーに、おかーさん?」

「えっとね、お隣の部屋に新しいお友達がお引越ししてきたんだよぉ。秀樹とおんなじ年中さんだって!」

「え!ほんとう?!」

 秀樹は嬉しそうな笑みをこぼしながら、玄関扉の方を見た。そこには、お父さんの脚の陰からもじもじとこちらの様子を伺っている、自分よりも少し背の高い女の子がいた。秀樹は裸足のまま、その女の子のところまで駆けていくと、右手を差し出した。

「おれ、もりたひでき。よろしくな!」

「あ……え……えっと……。」

 女の子は、差し出された右手には気づいているようだが、顔を赤くしてもじもじしているだけ。

「お、おだちひろ……です。」

 虫が鳴くような小さな声で、なんとか自分の名前を言ったあと、千尋は完全にお父さんの脚の陰に隠れてしまった。

「な、なんだこのこ……。」

 差し出した右手を引っ込めて、秀樹はむっすり。同い年の、それも女の子がやってきたという事で、早く仲良くなろうとしていた秀樹だったが、いきなり出鼻をくじかれた。


 「ひできー、サッカーやろうぜ!」

「うん!ちょっとまっててー、ボールとってくる!」

 千尋が引っ越してきても、秀樹の生活は全然変わらなかった。活発な秀樹は、もじもじとおとなしい千尋と関わりを持とうともしない。一方で千尋は、新しい環境になかなか馴染めず、一人寂しく遊んでいる事がほとんどだった。そんな二人を結びつけたもの、それは――。


 「す、すげぇ……。」

 ボールを取りに行った教室では、千尋が一人、ピアノを奏でていた。その姿と音に、秀樹の興味は一気に持っていかれた。

「うわぁ、せんせーみたい!すげぇ!」

「へっ?!え、え……。」

 突然駆け寄ってきた秀樹に、千尋は困惑気味。演奏の手を休めて、おろおろとあっちを見たりこっちを見たり……。

「もっとやってよ!ききたいききたい!」

「で、でも……えっと、えっと……。」

 それでもなお、興味津々といった感じで迫ってくる秀樹。千尋はどうすればいいか分からなくなって……。

「う……うわぁーん!!!」

 とうとう泣き出してしまった。

「え、え?な、なんかした、おれ?!」

 目の前で泣きじゃくる千尋に、今度は秀樹が困惑気味。

「ご、ごめん。な、なんかごめん……。」

「う、うっ……、あぁーん!!」

 顔を覗き込んだり、声をかけたり、必死でなだめようとする秀樹だったが、結局千尋は先生が来るまで泣き止まなかった。


 「おかーさん、おかーさん!あのね、となりのちひろってすごいんだよ!」

 あの後、先生から事情を聞かれ、悪いことはしていないのに叱られた秀樹。けれども秀樹は、千尋に対して悪感情を持つことも無く、迎えに来たお母さんに目をきらきらと輝かせて、今日あった事を話した。

「――でもちひろ、おれがはなしかけるとなきはじめちゃうんだ……。なかよくなりたいのになー……。」

「へぇー。じゃあ、秀樹の方から積極的に話してあげなきゃ!」

「せ、せっきょく……てき?なにそれ?」

「えー?積極的って言うのはね――」

 この日は家に帰るまで、秀樹の口から出る話題は全部千尋の事だった。それからはあっという間だ……。


 「きのうはごめんな!」

「えっ?え……でも、わたしがないちゃったから、ひできくんがおこられて……。わたしも、ごめんなさい……。」

 翌日には初めてまともに千尋と会話を交わした――


 「おい!いやがってるだろー、やめろよ!」

「う、うっ、ぐず……。」

 一週間ほどあとには、砂場でスコップを横取りされそうになって泣いている千尋をかばったりもした――


 「なぁ、ほかのきょくもひいてみてよ!」

「えっ、うん……いいよ?」

 砂場のことがあった翌日には、千尋はためらう事も無く、ピアノを聴かせてくれるようになった――


 「ちひろはまだ、ここらへんのことよくしらないだろー。おれがおしえてやるっ!」

「ひ、ひできくん、ちょっと、ちょっとまってー!」

 そして初めて会って一ヶ月ほど経ったころには、休みの日も手を引っ張り合って遊ぶ仲にまでなっていた。

 とは言っても、千尋が必死で止めようとしたにもかかわらず、秀樹が神社の神木によじ登ってこっ酷く叱られたり、千尋は嫌がったのだが、一方的なチャンバラごっこで泣かされたり。しばらくは、千尋が秀樹に振り回される日々が続いた。

 けれども、そんなやんちゃな秀樹といつも一緒にいたせいか、千尋の引っ込み思案な性格もだんだんと変化してくる。年長に上がるころには、秀樹が友達と一 緒にサッカーをしているところに入っていって、男子顔負けのシュートを連発したり、砂場で泥球を投げつけあったり……。徐々に活発で男勝りな女の子へと変貌していったのだ。

 そして小学校に入学して、秀樹が徐々に落ち着いた少年となってきた時、二人の立場は逆転した。ちょうど秀樹が千尋の身長を抜いたのも、この頃である。


 ―― 「ねえねえ秀樹、ゴキブリの頭にのりで角つけたら、カブトムシっぽくなると思う!」

「ちょ、ちょっとまて、だからといって捕まえて持ってくるなっ!!」


 ―― 「っとりゃー!!」

「ギャフッ!?」

 家ではゴキブリをわしづかんだ千尋に追いかけられたり、学校ではドッジボールで顔面にぶち当てられて鼻血を出したり……。小学校の頃の秀樹は散々な目にあった。

 でも、昔の性格が完全に消えてなくなったわけではなく、人一倍怖い話が苦手だったり、緊張しいだったり……可愛らしく、弱々しい一面も時々見せるのだ。そんな姿を見ると、秀樹も千尋の事を放っておけなかったのである。


 ―― 「う、うっ……千尋、や、やめてくれ……。」

 深夜の秀樹の部屋。そこには昔の思い出にうなされる秀樹の姿があった……。

つづく