設置場所:光恩寺長屋門前
設置時期:平成16年(2004)

    ~荻野吟子の生涯~
嘉永4年(1851)~大正2年(1913)


日本最初の公許の女医
渡辺淳一の小説「花埋み」そしてそれを基にして新橋演舞場で上演された「命燃えて」(平成10年)などでさらに知名度が上がる。
吟子は武蔵国播羅郡俵瀬(現在の埼玉県熊谷市妻沼町)で生まれ、幼時より聡明であったがその人生は平坦ではなく、数え18歳で結婚したが不遇の病に罹り2年後には離婚し、その治療にあたったとき屈辱的な体験をして、女医になる決意をしたそうです。

利根川をはさんだ荻野吟子の生家とその対岸にある光恩寺は昔は舟で行き来ができていた(今でもここに渡船場があり実際に行き来ができる・・県道なので無料という?)光恩寺に荻野吟子の生家屋敷門がなぜ移築されたかは明白な記録はないが、明治23年(1890)の境内図にも描かれており、それ以前に移されたようだと書かれている。