どうも、はちごろうです。


大型連休も明日のみを残すところとなりましたね。
私はこの時期、祭日関係なしに仕事をしています。
もう慣れっこで、もはや何とも思ってません。
強いて挙げれば映画館が少し混むことですかね。
どうせ平日も休めるんだからわざわざ日曜日に来るな!w
さて、映画の話。




「たまこラブストーリー」











監督山田尚子×脚本吉田玲子×キャラクターデザイン堀口悠紀子の
TVアニメ「けいおん!」のスタッフが再結集して
2013年に発表された京都アニメーション制作のテレビアニメ、
「たまこマーケット」の完全新作の劇場版。



あらすじ


京都の小さな商店街、うさぎ山商店街。
餅屋「たまや」の娘・北白川たまこは、祖父と父、妹のあんこと共に
家業を手伝いながら高校生活を楽しんでいた。
だが彼女も高校3年生となり、クラスメートは将来の進路を考える空気に。
彼女は何の迷いもなく「たまや」を継ぐことを考えていた。
毎日大好きなお餅を作りながら、商店街のみんなと楽しく暮らしていく、と。
だが、「たまや」の向かいにある餅屋「RICECAKE Oh!GEE」の息子で、
たまこの幼なじみ・大路もち蔵は映像制作の勉強をするため
東京の大学に進学することを考えていた。




京アニを支える「手描きの質感」



「けいおん!」「らき☆すた」「日常」「氷菓」「Free!」と
立て続けにヒット作を量産している京都アニメーション。
とにかく作画能力の高いスタジオという定評があるんですが、
改めて今回、劇場の大きなスクリーンで作品を観ていて
思い知らされたことがひとつある。
それは「手描きの質感がきちんと残っている」ということである。
「手で描いた絵を動かしているんだから当たり前でしょ?」と思うかもしれない。
だが実はこの「手描きの質感」というのが近年アニメから急速に失われつつある。
ひとつ例にとると、この3月まで放送されていたTVアニメ「キルラキル」。
この作品は「天元突破グレンラガン」のスタッフが再結集して製作されたんですが、
いまどきのTVアニメでは珍しい筆圧の高い、太い線が多用された作品で、
簡単に言えば70年代には一般的だった「劇画調」の作風のアニメでした。
だから30代40代のファンには懐かしさも含めて好評を博したんですが、
10代20代の若いアニメファンにはこの力のある画風が
「粗い、汚い」と思われて敬遠されてしまった、というのである。
最近のTVアニメはコンピュータの導入により
作画スタッフの描いた線をどこまでも均一化することが出来るようになり、
それは一方では画の完成度を飛躍的に向上させたけれども、
一方では「人の手で描かれた」という実感が乏しい、
きつい言い方をすれば「機械的」な作品が一般的となってしまった。
で、若いアニメファンの多くはそうした「無個性」の画が当たり前と思ってるため、
手描きの画の質感を感じさせる画に戸惑いを覚えてしまうのかもしれない。
では、本作の制作スタジオ京都アニメーションはどうか?
確かにこのスタジオでもコンピューターは導入されているし、
そのために作画の高い完成度が維持されていると思う。
だが本作のキャラクターの線をじっくり見ていると、
例えば本編前に上映された短編に登場するキャラクターで、喋る鳥デラの目は、
黒目だけれども鉛筆でぐるぐるっと描きつぶしたような感じになってたり、
また登場人物の身体の線も微妙に筆圧が不均一なままだったりと、
適度に、でも確実に手描きの質感が残ってるんですね。
そこがキャラクターの実存感というか、リアリティに繋がっていると感じました。




「商店街」を壊したのはむしろ・・・



本作の舞台となっているのは「うさぎ山商店街」という小さな商店街。
(一応最後の方のシーンで京都タワーが出てくるので京都にあるみたいですが)
そこで暮らす人々の騒動を描く、いまどき珍しい正統派のホームドラマなんですが、
現実ではどこの地方も後継者不足で商店街は存続の危機を迎えていて、
「シャッター商店街」などという言葉もすっかり一般的になっています。
だから本作に登場するこの商店街にリアリティを感じるのは正直難しいわけです。
じゃあ、本作は近過去、いまから何十年も前の話かと思いきや、
登場人物たちは携帯電話を使ったりしていて完全に現在の話となっています。
では、なぜ現代の日本で商店街を舞台にアットホームなドラマが成立出来たのか?
それは現代の日本では当たり前のように存在している「あるもの」が
本作にはほぼ出てこないように作られているからである。
そのあるものとは、ずばり「コンビニ」です。
もしこの商店街の近くに一店舗でもコンビニがあれば、
本作のような商店街はまず成立しません。
揚げ物が買えるから肉屋はいらないし、コーヒーも売ってるから喫茶店もなし。
場所によっては花も売ってるから花屋も必要ないし、
ましてや餅屋なんてそもそもひとつの商店街に2軒も必要ないわけです。
つまり、現実問題として日本から商店街がなくなりつつある最大の原因は、
大型ショッピングモールではなく、むしろコンビニなんだということが
なんとなく感じることが出来ました。まぁ、そんな話ではないですが。




「変わらない日常」は「変わってきた日常」



さて、「たまこマーケット」というTVシリーズは
「うさぎ山商店街」というある種の「理想郷」を舞台にした作品で、
登場人物の運命を左右するようなヘビーな話は一切出てこない、
いつまでも続く平穏な日常を楽しむ作品でした。
そういった意味では「けいおん!」や「あずまんが大王」などの
いわゆる「日常系アニメ」といわれるジャンルの作品なのですが、
今回の劇場版は主人公のたまこ達がそれぞれの進路について悩み、
その結果としてもち蔵がたまこに告白をするという、
それまでの日常を壊す、不可逆的な一線を越える物語になっています。
考えてみれば、「けいおん!」は放課後ティータイムの4人は卒業するけれども、
卒業後は4人とも同じ大学に進学するわけですし、
「あずまんが大王」でも登場人物は別々の大学に行きますけど
「それでも彼女たちの友情は続く」という結末を迎えます。
ですが本作におけるたまこともち蔵の関係は、
もち蔵の告白によって二人が恋人関係になるかどうかの選択を迫られ、
そして告白によって二人はもはやただの「幼なじみ」には戻れなくなるわけです。
この告白により、初めてたまこは自分の人生にも変化が生じることを悟るんですね。
いままで何の不安もなく、家族と、もち蔵と、
そして商店街の人たちと平和に平穏に暮らしてきた。
それは変わらないことが当たり前と思うくらいに。
ですが、もち蔵に告白されたことで自分たちの日常は
長年の小さな変化の積み重ねで成立してたものだと気づくんです。
そういった意味ではそれまでの「日常系アニメ」とは確実に一線を画す作品ですね。


近年のTVアニメの劇場版の多くは
TVシリーズを見ていないと理解できない作品が大半でしたが、
本作はTVシリーズ自体がそもそも一話完結の作品だったこともあり、
これから入っても十分作品世界を楽しめる作りになってます。
これくらいの青春映画を実写で作ってくれれば、
もっと若い映画ファンは増えると思うんですけどねぇ。



[2014年5月4日 新宿ピカデリー 3番スクリーン]