おしゃれなインテリアで飾られたレストランで私は今、目の前に置かれたスープを見ながら動けずにいた。
「どうしました?冷めてしまいますよ。ここのスープは僕のお気に入りなんです」
私の正面に座っているのは、黒のスーツに黒のネクタイをした男。歳は大人のようにも子供のようにも見える。
「えーと、まだ状況が飲み込めなくて」
「ああ、だからスープも飲み込めないんですね」
いや、そういうわけではないんだが。
「大丈夫ですよ。皆さんそうなんです。誰でも始めは戸惑うものです。では改めてご説明させて頂きますね」
そして男は、先ほど私が聞いた言葉を再度繰り返す。
「あなたは先ほど、午後4時23分にお亡くなりになりました。私は今後のあなたのご生活、つまり文字通りの死後のご相談にあずからせて頂きます、アフターライフプランナーでございます」
何度聞いても実感が湧いてこない。
「楽になさってください。むしろ今の状況で落ち着いている人の方が少ないですから。修行を積んだお坊さんでもなかなかいません」
ごく当たり前の日常業務をこなしている風の男を前に、とりあえず私は自分が死んだことひとまず受け入れた。
しかし気になることがある。私は自分の手を見つめた。
「ああ、ご自分のお体のことですね。確かにあなたは、えーと、享年84才でした。でもここではあなたの人生で一番イメージが強い時の体になっているのです」
今の私は、20代後半くらいの見た目だろうか。
「ちなみに、ここでの生活ではご希望の見た目でお過ごしになられることができます。そのあたりもお気軽にご相談ください」
「は、はあ」
少し落ち着いて来たのか、私は自然とテーブルの上に置かれたスープに手が伸びた。
確かに美味い。
「では食べながらで結構ですので、今後のことについてご説明させて頂きます。まず、輪廻についてはご存知でしょうか?」
私はうなずいた。別に仏教に詳しいわけではないが、生まれ変わりとかそういうのだろう?
「ここでは輪廻システムにより魂がこちらとあちらを行き来しています。あなたはデータベースによると・・・今回で8回目の輪廻を終えられました」
つまり、私が生きてきた人生は8回目ということか。何も感動できない。
「前世のことは思い出せなくて当然ですよ。そんなものです。重要なのはあなたの今回の人生ですが・・・うん、特に目立った犯罪歴も無し。まあ他人に嘘をついたとかそういうのはいくつもありますが、ポイントが大幅に減るようなものではありません」
「ポイント?」
私は妙に聞きなれた言葉に反応した。
「ええ、その人の生きてきた人生で査定が行われるんです。善行を積めばプラス。悪行を積めばマイナス。往生時のポイントでいろいろサービスが良くなるんです。極楽のいい所に住めたり、施設ご利用時のお得なクーポンが多くもらえたり」
何だか極楽というところは思った以上に俗っぽいなと思った。
「最悪の場合、地獄行きとかありますからね。あ、ここだけの話ですけど、あなた3つ前の人生では結構悪人だったんですよ」
本当に単に資料を読む感じで言ってくるが、こちらとしては覚えがなくとも悪人だったことがあると言われるとあまりいい気はしない。
「ただ、まだ徳を積む必要はありますね」
「徳?まだ?」
「ええ、言っときますけど輪廻はあくまで修行なのです。目的は解脱して、輪廻から卒業することですからね。あなたもしばらくはここで暮らしますが、また次の輪廻に行くことになるでしょう」
今さっき死んだばかりなのに、次の人生のことを言われてもあまりピンと来ないな。
「大丈夫ですよ。今世のあなたの行いは良かったから、十中八九次も人間です。まあ確実とは言えませんが、畜生道になることはないでしょう。しばらくここで英気を養ったら次の人生にゴーです。早く解脱して悠々自適な余生を過ごしましょう」
何だか生と死の概念がよく分からなくなってきた。
「では、これからお住まいになる物件をいくつか見に行きましょう。ご要望があれば仰ってください。日当たりとかバストイレ別とか」