付喪神。長い年月を経て物に宿るとされる精霊。
しかし何もそんなに長い間待たなくても、物に意思を宿らせることはできる。
遠く平安の世から続く陰陽師たちの式神術を応用し半ば強制的に覚醒させるのだ。
覚醒した物は、日常品だろうが武器だろうが元々の物よりはるかに大きな効果を生み出す。

時は江戸。大きな戦もなく、天下泰平などと言われているがそれは人間同士の話。その裏ではまだ戦いは続いていた。
あらゆる武将たちが覇を競い刃を交えたあの時から流れ続けた血と怨念が形を成し、悪鬼羅刹の怪物となって今世に現れている。
まだ多くの人々には知られていないが、その存在は確実に増えているという。
そんな物の怪たちとの戦いに、人は意思を持った武器を手に戦っている。
しかし、そこには大きな問題があった。

「はるー!お風呂の方お願い!」
はると呼ばれた女の子が、はーいと応えるとすたすたと走り出した。
ここはとある山中にある温泉宿。春は桜、夏は星、秋は紅葉、冬は雪と四季折々の風景が見られることでよく知られている。
はるはここで住み込みで働いている。彼女が向かった先はこの宿一番の名物の大浴場、ではなく、そこから少し離れた所にある風呂場だった。
「失礼します」
露天風呂形式の風呂場の入口を開けると、
「おー、遅かったのお」
はるに掛けられた言葉の先に目をやると、そこにいたのは、3本の刀が湯に浸かっていた。
「待ちくたびれてしまったぞ。はよ洗っておくれ」
「はいただいま」
付喪神は長い時を掛けて物に意思が宿る。長い時間を掛けただけあって、その意思は大変穏やかなものになるのだが、術式で覚醒させた意思は何とも我が強くなるのだ。
なのでそういう類のやつらは付喪神から神を取って、単にツクモと呼ばれていた。
「では、お体流させて頂きます」
悪鬼たちと戦った彼らツクモには呪いが溜まってしまう。それらが許容量を超えると今度はツクモが祟りに転じてしまう。
それを防ぐためにこのように特別な温泉で禊ぎをする必要があるのだ。
ツクモの声を聞くことができる人間は限られている。はるは特にその声を聞くことができるのでこのような役を任されているのだ。
「はあぁぁ。戦った後の風呂は格別だのお」
「しかも若い女子に体を洗ってもらえるなんてなあ」
「生きてて良かった良かった」
それぞれ人間くさい言葉を発しているが、その光景は単に湯に浸かる3本の刀とそれを洗う少女だ。
(完全に言ってることがオッサンだよ)
ツクモと言えど、刀であることに変わりはない。刀身で怪我をしないように慎重に優しく洗っていく。
「あ、あ、そんなところまで洗ってくれるなんて刀冥利に尽きるというもんだわい」
(私は今どこを触ってんだ・・・)
ちなみにツクモにも男と女があり、それぞれ温泉は分かれている。
男のツクモは粗野なのが多いが、女のツクモも面倒だ。この間は延々と持ち主の愚痴を聞かされたはるにとっては、どっちもどっちだった。
だが、このツクモ達のおかげで今の世の平和が保たれているのも事実だ。だからせめて今だけはくつろいでもらおうと、はるは心を込めてその体を洗っていく。

「なあなあ、姉ちゃん、ここ、ここをさ念入りに洗ってもらえねえかな?うへへ」
(・・・いつか、こういうのに罰が下る世の中になりますように)