助産師さんが部屋に入ってくる音で目が覚めた。

きっと眠れないだろうと思っていたのに、
いつの間にかうとうとしていたようだ。
時計を見るとまどろんでいたのは一時間前後だったが、頭はすっきりしていた。

出血の量と、羊水が垂れてくる感じはあったか、お腹の痛みはないかを聞かれ、出血はまだ続いているが水っぽいものは出ていない、腹痛もないと答えた。


検温と血圧の測定はこれから1日に数回あるそうだ。
熱もなく、血圧も安定していた。
素人ながら、感染症で今すぐどうこうの状況でもないのだなと思った。


助産師さんに、眠れましたかと聞かれ、少しと答える。
その言葉がとてつもなく優しく響いて、涙ぐんでしまう。涙腺ゆるゆるだ。


助産師さんがいなくなってから朝食までは、月面着陸した宇宙飛行士のような緩慢な動きで朝の身支度を整えた。

いつ破水するか分からないため、ベッドから降りるのも、一歩歩くのも怖かった。

朝食はあまり食べたくなかったが、赤ちゃんに栄養を届けるために無理矢理詰め込んだ。
苦手なバナナを残してしまったが、どうやら果糖は赤ちゃんにいいらしいと後程知り後悔した。
明日からは精神統一して食べようと決めた。

朝食後、先生方が白い巨棟のように回診で部屋に来た。
さすが大学病院。5人程が部屋の入り口に固まって、体調を聞いてくる。

中には学生のような研修医のような若めの男女もいて、この精神状態でゾロゾロ来るなやと白目むきそうになったが(なぜ)、そういえば分娩予約の際に、学生が学ばせてもらうこともあるかと思うがどうでござんすか宜しいですよね的な同意書を書かされたことを思い出して、過去の私をしばきたいと思った。

先生達の中には、夜間に診察をしてくれた男女の先生方もいた。
男性の先生は、なんとも人間の温度がないというか、淡々としているというか、掴み所のない方だった。

診断の時に、「お辛いですね」等の感情の入った言葉はなく、サイボウグのように無表情で、現在の状況とこれからの方向性を告げていく、なんとなく冷たい印象だ。

私の中で、スペックの時の加瀬亮と姿が重なるので、旦那のKちゃんとは加瀬亮と呼んでいる。

夜勤でさらに朝の回診にも来てくださって、先生も本当に大変だなと思った。

先生方がいなくなってから、助産師さんが抗生物質の点滴を持ってきた。
針を刺したままになっている右手を差し出し、一時間ほど待つ。

テレビを見る気は全く起きないし、
Kちゃんがコンビニで買ってくれた小説も読む気が起きない。

ぼーっとしていると、ノックと共に例の加瀬亮が入ってきた。
こ、怖いと思わず萎縮。

「旦那さんは今日いつきますか」
「14時頃の予定です」
「お伝えできていなかったんですが、週末まで様子を見るといっても、途中で陣痛が来る可能性もあります」
「え?!」
「もし強い痛みが来たらすぐ教えてください」

吐き気を伴った不安の波がじんわりと押し寄せた。
黄砂で曇った空を薄暗い部屋で見上げた時のような気持ち悪さだ。

陣痛って。
赤ちゃんが外に出てしまうということだ。
この週数で産んでも生きられないって言ってた。
それはつまり、死ぬということだ。

「ちなみに中絶も同じように陣痛を起こして、出産と同様に体から出すことになります」


淡々と、淡々と吐き出された言葉に、
グサリグサリと刺された。
なんて答えたかは覚えていないが、それを聞いて加瀬亮が病室を出た。

いつ陣痛がくるか分からないということ、人工中絶の方法、2つの恐怖が新たに加わり、張り裂けそうになった。

百歩譲って陣痛は、諦められる。
体がもう外に出そうとしているのだから。
赤ちゃんが天に帰ろうとしているのだから。

でも、中絶は違う。
こちらの意志で、まだ脈々と心拍を打ち続ける、生きようとしている赤ちゃんを無理矢理殺すことだ。

しかも麻酔で気がつけば終わってました、ではない。 産み生かすためでなく、殺すために産まなければいけないのだ。

私、そんなの頑張れない。

声をあげて号泣した。