前に痛めたアキレス腱、なかなか治らない。いまでも押すとちょっと痛い。


にもかかわらず、最近はジョギングが以前のペースに戻り、2、3日おきに田んぼ道を走っている。


再開したころは大事をとってかなりのスローペース。5キロを33、4分程度で走っていた。


ところが、先週あたりから元のペースに戻りつつある。ここ数回は30分の壁を破って、29分台までペースが上がっている。今までのところいちばん速かったのが、アキレス腱を痛める直前の記録で28分13秒。そこまでいくにはまだ時間がかかりそうだが、痛める前のころにペースが近づいている。


が、しかし、完治しないまま、このまま走り続けていいものなのだろうか。ちょびっとだけ心配。やっぱ、ちょっとペースダウンしたほうがいいのかなぁ……


さて、昨日も夕暮れ時の田んぼ道を走りながら思ったことがある。


それは、走ることが極上のストレス解消になるな、ということ。以前、東京のジムで泳いでいたときも感じたことだが、水泳と同じでジョギングも一種の「瞑想」になる。


つまり、走っている(泳いでいる)間は、走ることのみに精神が集中して、それ以外のことがほとんど考えられなくなる。いわば、頭の中が空っぽの状態になるのだ。


フルマラソンにも出たことがあるというベテランの知人によると、ランナーズ・ハイといわれる状態に到達すると「身体が浮いている感じ」になるそうだ。走っているという感覚さえもなくなると、その知人は言っている。


残念ながら、そこまでの感覚はまだ味わったことがない。ほんの一瞬だけであれば、走りが実にスムーズになり、もうちょっとで走っている感覚がなくなる、というところまでいきかけたことはあるが、それが長続きしたことはない。あってもせいぜい数秒から10秒程度か。


いつもは、ゴールまでたどり着こうと自分に言い聞かせながら、とにかくひたすら足を前に進めることのみ考えながら走っている感じだ。


要するに、ある一つのことに集中しているから、頭の中で余計な考えが浮かぶ余地がかなりなくなるということなのだ。人間が普段、いかに余計なことで頭を悩ませているか、それは一瞬でも頭の中の動きを意識してみれば、すぐにわかることだ。


この余計なことのうち、ほとんどの場合が考えなくてもいいこと、つまりはネガティブなことだといえる。走ることでそのネガティブな思考の流れが断ち切れるのであれば、たとえそれが5分、10分、20分であっても、それはわれわれの人生において、とてもいい影響をもたらすという気がする。


実際、完走した後は必ず達成感があるし、走る前に抱いていた余計な考えも少し減っているように感じる。


以前のブログでも書いたとおり、やっぱ、肉体を鍛えることで精神も健全な方向に導かれるのだと思う。


アキレス腱の痛みは無視するわけにはいかないが、これだけのメリットをもつジョギングゆえに、やっぱりこれからも末永く続けていくことにしたい。