『ひとり暮らし』(by 谷川俊太郎)、読んだ。 | 気が向いたときだけの大阪日記

気が向いたときだけの大阪日記

タイトルのまんま、気が向いたときだけの不定期大阪日記です(笑)

 

 

 

先日の詩集『はだか』に続き、今度は詩人・谷川俊太郎先生のエッセイである。

 

全体は「私」「ことばめぐり」「ある日」の三つのセクションにわかれている。

 

「私」はふうのエッセイ。「ことばめぐり」は漢字一文字の言葉を取り上げ、それについて書いている。「ある日」は日付があり、日記調のエッセイである。

 

各それぞれのエッセイの末尾に「東京新聞 1988・9・3」とか「国文学 1995・11」とかあるので、書下ろしではなくあっちこっちから集めたものだろう。と思って読んでいたら、「あとがき」に「こういう雑文を集めた本出してから...」とあった(^^ゞ

 

んで、谷川俊太郎ファンの方からすればいまさらな話なのかもしれないが、谷川俊太郎ってクラオタやってんなあ。例の「ベートーベン」の詩で気が付くべきだったか(爆恥)

 

「聞きなれた歌」の中で、というか冒頭いきなり、カッコウの話からディーリアス(1862-1934・英国)の曲「春初めての郭公を聞いて」になる。実はこの曲、大学オケでのデビュー曲だったのでソッコーで反応してしもた(^^ゞ

 

さらにそのカッコウ。「閑古鳥が鳴く」の「閑古鳥」はカッコウの古名だそうな。つまり現代語でいうと「カッコウが鳴く」ということになる。これからは「カッコウが鳴いてた」と言うことにしよう(笑)

 

他にもクラオタ・ネタとして武満徹が登場する話がいくつかあり、かなり親しいのだろう、武満さんとか武満氏ではなく「武満」と呼び捨てで書いている。

 

武満徹関係の企画コンサートでは、武満徹夫人(武満浅香さん)や当日司会をしていたお嬢さんの真樹さんも話に出てくるが、親戚の叔父さん的に「司会の真樹ちゃんが」とちゃん付けである。

 

日常的な話でも、「グランド・キャニオン観光の飛行機の中で"ツァラトゥストラはかく語りき"を聞いた」とか、車に乗ってFMで「田園」を聞いていたら目的地に着いてもまだ終わらなかったので、車を停めて大好きな終楽章の一節を聞いたとか、フツーのクラオタやん!!みたいな話がいくつか出てきて親近感沸いた(爆)

 

ちなみに俊太郎先生、好きな曲をカセットに録れてカーステレオで聞いていたら、武満徹に「おまえの好きな曲はみんな賛美歌みたいだ」とからかわれたそうな。

 

んで、日記調エッセイ「ある日」でちょっと驚いたのが、谷川俊太郎は詩をパソコンで書いているらしい。もちろんPC出現以前は紙に書いていたのだろうが、大量に文字を打つ小説・エッセイなら分かるが、シロート目には小説よりもはるかに「感性」を必要とするであろう詩を、パソコンの画面に向かいキーボード叩いて書いていたとは意外だった。

 

谷川俊太郎、引き続き追っかけ要だな(再爆)