今日の透析ちゃん 11 | orizarot

今日の透析ちゃん 11

先生とオヤジが向かい合って座り、
オヤジの横にオフクロ、恋人、オレと位置についた。
カウンセリングルームは、妙な緊張感に包まれた。
多分、先生の方はこういう状況には慣れてるんだろうな。
見ると、なんだかオフクロが居心地悪そうだった。

いろいろ心配なんだと思う。
恋人にそっと耳打ちして、オフクロと手を握ってもらった。

メモを片手にオヤジが話し出す。
「ここへ来ていろいろと検査もしていただいていますが、

息子ともども我々としては、今回のお知らせについてまだ納得ができていません。
息子としては、あれから体調もかなり良くなっているし、尿も普通に出ていて、

生検もない状態でデータのみで結果が出てしまったような気がしているようです。

先日のCTもこちらはご説明いただいていませんし…」
「分かりました」
先生はすぐに、オレのCT写真を持ってくる。

CTとは人の輪切り写真のことだ。10枚ちょっとあったと思う。


「これが岸さんのCTです。これが腎臓なんですが、合計で4枚写っています。

一枚が大体2センチ幅ですので、岸さんの腎臓は8センチというわけです。

健常者の腎臓は10センチほどですので、CTが5枚あるわけです。

これをみても、すでに岸さんの腎臓は収縮してしまっていることが分かります。
おそらく今はもうカチカチに硬直してしまっている状態です。

今生検をしても、荒れ切って荒廃した後の腎臓があるだけで、

何かが分かるというものではありません。

クレアチニン値も通常の20倍近くあります。
これは正直言ってべらぼうな数値なんです。

貧血もひどくて、通常の半分程度しかヘマトクリット値がありません。

もしこれが急性であったら、ここまで一気に値が悪変した場合は

歩くことさえ出来ないはずです。

今普通でいられるのは、これが徐々に進行してきたということなんです」


もう、いきなりグーの音もでません。
そして、今回のこの結果は先生ひとりの判断ではなく、

院長含めて5名の医師によって出された結果だということと、

オレの腎不全は慢性糸球体腎炎というものから引き起こされた、

おそらくは先天的な疾患であったということが告げられた。
オレ的にあとショックだったのは、いずれ尿が止まってしまうということ。
オレは人工透析を背負い、尿が出なくなる。
こんなの、まさに身障者だ。


「もうこれは、100%、息子の腎臓は回復の見込みが無いということなんでしょうか」
「医学において100%ということはありません。

ただ、今までのデータから考えれば、

腎機能が回復するということはまずあり得ません。

もちろん今後どういう治療を希望されるかはご本人の意志が一番ですが、
透析無くして普通の生活を送るということはちょっと無理ですね」


こういう言い方って、逆に苦しいよな笑
「もう人工透析以外ダメ!絶対!」ってスッパリ言われた方が楽だよ。
オレはここで、なんで移植という選択肢が先生の口から出ないんだろうと

思っていた。
まあ移植っつったって、そう簡単にはできないんだろうけど。
よく、何十年待ちって言うよね。
と思ったら、移植というのは、できる病院が限られているらしい。


「で、透析には2種類の方法がありまして。

血液透析と腹膜透析という方法です。
血液透析はご存知のように、2本の針を刺して透析を行います。

この時、手首に簡単な手術をして、シャントというものを作ります。

透析では1分間に牛乳瓶一本分の血液を動かさなければならず、

これは動脈から採血する必要があります。

そのため、腕の動脈を静脈につなぎ変えてやるのです。

腹膜透析というのは、お腹にチューブを差し込み、そこから溶液を注入し、

自分の腹膜で透析を行う方法です。

これですとご自宅で自分の手で透析を行えますが、

腹膜は5年も使うとボロボロになりますので、期間限定の方法になります。

まあどちらも一長一短ですね」


腹からチューブ出してしかも期間減限定とかあり得ないっすから。
結局血液透析しかないんか…
1日おきに針刺すんか。
つーか手術って!そんなの!簡単、ってどういう手術なんだよ!

「あの、ここでは無理なんでしょうけど、移植っていう手はどうなんですか?」
「移植もあります。移植をするとなると大体3ヶ月ぐらいの入院でしょうか。

ただ岸さんの場合先天的な腎炎ですから、

移植してもまた腎不全になる可能性が高いですね。

あと、移植腎は風邪に大変弱くてですね、それだけでダメになることがあります。

どちらにしても厳しい体調管理が必要ですよ」


3ヶ月…?
そんな。
1ヶ月でもたくさんなのに、こっからまた3ヶ月。
それは運良く腎臓が見つかった時の話だし、それに移植の手術なんて、
正直おっかない。
今はあまり考えたくなかった。
オレはもう、早く退院したいんだよ…
なんだか、話を聞いているうちに気分はどんどん萎えていく。
萎えるといってもネガティブなものというより、「いい意味の諦め」のような感じだ。
もう、手は無い。
オレが慢性腎不全であるということは、それはもう決まりだ。


オヤジは最後に、大変遠慮がちに聞いた。
「あの、セカンドオピニオンというのは…」
「ああ、いいですよ。わたしはただの凡庸な一人の医師ですから、

他の意見をお聞きいただくのは一向に構いませんし、

その場合にはこちらのデータは全て開示します」

それは、もちろん医師としての当たり前の姿勢であったんだろうけど同時に、
『どこにいっても絶対にこれは慢性腎不全と言われますよ』

ということだったんだろう。


「別にいますぐシャント手術を行うという意味で申し上げたのではありません。

人生の大事なことですから、ゆっくりお考えください。

シャント手術をした場合、2週間ほどで退院です」
考えるもなにも、透析をするという前提は変わらない。
変わらないのだ。
そして面談は終了した。

部屋に戻って。
「セカンドオピニオンとは言ってみたけど、これはどうだろうな」
オヤジが口を開いた。
オレは答える。
「うん。そうだね。ちょっと考える」
そういってオレは、恋人とふたりにしてもらって、両親はそのまま帰った。


「…まいったね」
「そうね」
「どうしようか…?」
「透析は大変だけど、でも受ければ普通に生きられるんだから。

わたしは手術受けて欲しいわ」
「そうだね。分かった。そうしよう」

話したのは本当に、このぐらいだけ。
オレの人生を決める2人の会話は、ものの数十秒で終わった。
さっきまで息巻いていたオレだが、もうどうでもよくなっていた。
オレはとにかく早く出たかったんだ。
セカンドオピニオンなんかやったらまた1ヶ月出られないかもしれない。
移植なんて待ってる状況じゃもちろんない。
そのシャント手術ってのをやってしまえば2週間で出られるんだ。

それになにより。

オレには恋人がいる。
人工透析でもいいと言ってくれた人が。
ポンコツなオレと、一緒に生きてくれると誓ってくれた人がいる。
オレは彼女に生かされた。
彼女が生きろと言う以上、オレは生きなければならない。
だから透析を受ける。
受けりゃいーんだろ。
実にシンプルなことじゃないか。
仕事との両立とかなんとか、心配し始めたらキリが無い。
でもそんなこたーどうでもいい。
オレに必要なのは、今は生きることなんだ。
病室にいるより、オレは恋人といたい。

オレは彼女を抱き寄せた。

「オレ、手術を受けるよ。………ごめん、オレ、これで身体障害者だ。
ごめんな」

オレは彼女を抱いて、少し泣いた。
彼女は笑って受け止めた。
「大丈夫だよ。あたし、後であたしの腎臓あげるから。

平気平気。透析辛くなったらいつでも言ってよ。あげるよ!」


まるで自分のお菓子を半分あげる約束をするかのように、彼女は言った。
オレたちは顔を見合わせて、いつもと同じように笑った。
オレたちの間にはいつも笑顔がある。
お前のおかげだよ。
お前の笑顔は本当に素晴らしい。
お前は本当に、強い人だ。
お前がいたら大丈夫だな。
オレは大丈夫なんだ。

そしてオレたちはいつものように、一緒に夕飯を食べた。

なんか、怒濤の数日間だ。

ずっと、ずーっと苦しいのを我慢して
いつか元に戻ると信じてて
入院して数日後にオレは身障者だって言われた。
正直全然現実味が無い。
でも相変わらずメシはおいしい。
オレはその時、ぼんやり考えた。

高校の頃からずっと血尿が出ていたこと。
見た目が赤いわけではなく、数値としての事だけど。
医者に通ってたけど理由が分からず、だんだん検査も疎遠になってきて。
つまりオレはあの頃からずっと腎不全が進行してたんだな。
だからもしかしたらオレはあの時から、

ちゃんと味を感じられてなかったのではないか。
今、オレはやっと、本当の「おいしさ」を感じてるんじゃないだろうか。
美味いメシ食って、素敵な恋人がいて。
それでいいじゃないか。


そんな時、携帯に留守番メッセージが残っていることに気付いた。
新規の、小説のカバーイラストの仕事の依頼だった。
オレは身障者になったけど、でもまだ漫画家なんだな…!
先方に電話をする。
「今入院していまして、でも月明けには退院なので、

それまで待ってもらえますか?」
驚かれたけど笑、了解してもらった。
オレの絵を使いたいって言ってくれた。
ああ、オレはポンコツではないらしい。
世界はまだ、オレを必要としてくれている。
だからオレは生きてるのか。

3日のズレで後遺症も残らず、腎不全で済んだ。
オレはまだ漫画家だ。結婚もするぞ!
ざまあみろ。

自分が腎不全であること自体を嘆くのは簡単だが
腎不全でもなお生きているということ、そこに意味を見つけられそうで
オレは意外と晴れやかだった。

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つづく