ダムに沈む川

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 東北の桑原山地を知っているだろうか。焼石岳と栗駒山に挟まれた地域である。その秋田県側に北の俣沢が流れている。本流は成瀬川で、現在、成瀬ダム計画が進行中である。

「全国の、見直すべき公共事業」にも入っているダムだが、そんなことなどお構いなしに、見直した結果の公表もしたかどうかを知らされぬまま、工事は着々と進められている。

 おそらく、あと一二年で流域一帯は立ち入り禁止になってしまうだろう。そうなってしまう前にと、北の俣沢に入った。梅雨もまだ明けず、連日の雨だったが、岩魚はよく釣れた。森林生態系に指定された、隣の小出川と同じように、ブナの原生林がゆたかに流域を覆っているためだろう。

 北の俣沢の桑の木沢から唐松沢を下る予定が、悪天とテント場の快適さにそそのかされて、二泊とも同じ場所に陣取ったまま動かなかった。桑原岳は、またしても遠い山頂になってしまったわけである。

 この沢は初めてではない。十年ほど前にも訪れていた。同じ桑の木沢を遡行して、桑原岳の直下を乗越して唐松沢に下りたのである。しかし、そのときの記憶など微塵も残ってはいなかった。唯一、記憶の隅にあったのは、エメラルドグリーンの水の色。それも増水気味の濁っていたとなれば、記憶などないも同然のことになる。

 三日目の午後は、半日だけ晴れた。昔日の北の俣沢が蘇ったようであった。水は晴朗にして碧く、山の鼓動を運んでいた。水しぶきを上げて渓を下る私たちのかわす言葉はただひとつ。ダムに埋もれさせてしまうのはあまりに惜しい渓だねえ・・・ということばかりであった。高度成長期に計画され、バブルの崩壊を経ていながら、真摯に見直されることもなく、公然と進められているダムだろうと私は見ているが、過度の試算でダムを作ろうとし、既得権益に胡坐をかいているのではなく、ほんとうに必要なものを効率よく造る方向性に改めないと、この国の崩壊は早まるだけである。

 食糧自給率を減らそうとしていながら、農業用水を確保するというダムの計画性からして、眉に唾して聞かなくてはなるまい。

 折から各地で洪水の被害が続いている。被害を受けたひとたちに同情を感じながらも、そのことが、いたずらに「ダムを増やせばいいのだ! 」という論議に結びつかなければよいが、と願っている。