長く話し続けていると、喉が痛くなり、声がガラガラになってしまう
リモートワークが増え、オンライン会議での自分の発言が多い
自分の声を、相手の心にも届けたい など
長く話し続けていると、喉が痛くなり、声がガラガラになってしまう
リモートワークが増え、オンライン会議での自分の発言が多い
自分の声を、相手の心にも届けたい など
「情報」のシャワーを浴びて「知る」ことが多い世の中
あなたは、本を読んだり、講座を受けたり、テレビを見たり。
自分のなかに情報や知識を入れるインプット作業ってどのくらいしていますか?
きっと、本を読んで得た知識、テレビを見て知ったニュースなどは
日々、たくさん、山ほどあるのではないかなと思います。
それこそ、情報があふれている昨今ですから、シャワーのように浴びまくっていますよね。
電波の届かない山の中にこもらない限り、情報から逃れられない、といっても良いかもしれません。
ちょっと情報疲れとか、シャワー浴びたくないとか、思ったりしませんか?
私はちょっと、情報疲れ、良い話疲れをしています(;'∀')。
私は、子どもが見るEテレ以外、最近はテレビはほとんど見なくなったのですが、
(Eテレは大好きです)
気が付けば、スマホを握っているし、思わずツイッターやインスタグラムなどをチェックしてしまうし
情報の断捨離が難しい世の中だな~と、思っています。
「知る」と「分かる感じる」の違いを感じた出来事
そんなふうに思うなかで、先日、衝撃的な感覚を覚えたことがありました。
私、NLPという心理学を学んでいます。
そこで、勉強の一環で、NLPカウンセリングとNLPコーチングを受けました。
カウンセリング&コーチングで私には、ある葛藤があると分かって、
葛藤を消し去るワークをして頂いたときのことです。
(NLPには、いくつもの、心の問題を解消するワークがあります)
体が少しポカポカ、じわじわ、温かくなってきて、
心臓の部分がじわ~っと血液が集まる感覚があって、
そして、ワーク後、それまで私を苦しめていた感情、葛藤の感覚が軽くなっていました。
なんとも不思議な、そして、静かな衝撃、といった感覚でした。
これは、文章で書くのがとっても難しい。
言ってみれば、
今回のタイトルの「頭で理解することと心身で分かる感じる感覚は全くの別物!」というものでした。
すご~い。
この「別物であり、心身で分かることが絶対大切!」という感覚が分かっちゃった。と思いました。
人生に生かすには「理解」<「分かる感じる」を多くしていく
何かを知りたいと思ったとき、本を読んだり、動画を見たり。いろんなインプットの手段はあるし
気になる本は買うし読むんだけど、それは「知識」が増えたことには、なる。
引き出しは増えた感じは、する。
でも、一回、心で感じた!体で感じた!を味わってみると
その自分に入ってくる感じの強さは全然違うなと思いました。
本で得た知識は、自分で生活のなかで何かしら実践してみるとか、アウトプットしてみるとか
何かしらの自分のアクションを加えると、「理解」から「分かる、感じる、人生の一部になる」って
体感覚がありました。
私も、コーチングや発声&滑舌トレーニング、朗読ワークを提供するとき、
「分かった!」「感じた!」「日常の話し方に効きそう」「生活に取り入れられると感じる」と
受け取ってもらえるような体験をシェア出来るよう、より強く意識してきます。
長く話し続けていると、喉が痛くなり、声がガラガラになってしまう
リモートワークが増え、オンライン会議での自分の発言が多い
自分の声を、相手の心にも届けたい など