全国のアミ~ゴの皆様、ようこそ大川隆法ネット後援会へ。(^O^)/


ブログの名前が大川隆法ネット後援会で、ブログバナーは幸福の科学なのに、なぜだかあまり、大川隆法総裁のお話も、幸福の科学の教義も、ブログ記事では出てこない。(笑)


そんなへんてこりんなブログの、へんてこりんな管理人、アモ~レでございます。(爆笑)


いやぁ、僕は人様と同じことを言うのが嫌いな、超偏屈者でございまして。(笑)

って言うか、人様と同じ発想しないということを、生きがいとしている変人でございまして、(爆笑)

ここは宗教ブログなのに、なぜだか社会派記事が多うございます。


まぁそれは、幸福の科学という宗教の、窓口が広いからこそ許されていることでございます。


宗教の奥深い世界にご興味のある方は、ぜひもよりの幸福の科学の支部や精舎に、直接お出向きくださればと願います。(^^;


さて、幸福の科学というところが、何を目指しているかと言えば、新たな文明を創ろうとしているのです。

文明の元には、必ず源泉となる思想があるんですね。

新たな文明の基礎思想こそ、幸福の科学であると僕は思っております。


その文明ですけれども、近代文明は科学文明でもあります。

その科学文明には、必ず基礎となる、動力エネルギーがあるんですね。


たとえば、ワットの蒸気機関から始まった、イギリス文明の基礎動力エネルギーは、石炭だったと言えますね。

そして、戦前から始まったアメリカ文明というのは、石油文明だったと思うのですよ。


これは、その文明の基礎動力エネルギーから見た文明論です。


石炭の方が石油よりも熱量は多いのですが、石油はエンジンに直接放り込めましたので、自動車などのエンジン動力商品の繁栄がありました。

石炭だと、どうしてもお湯を沸かして蒸気を作り、それをエンジンに放り込む蒸気機関や、蒸気でタービンを回すなど、エネルギーを変換しないといけないので、どうしても広く応用できなかったのですね。


要するに石油は、応用の範囲が大きかったと言えますね。


その後、米ソの冷戦時代を経て、結局アメリカ文明が勝利しますけれども、これなども結局は、文明の基礎エネルギーの差であった・・・とも言えると思うんですよ。


というのも、旧ソ連やソ連に従っていた東欧社会などは、イギリス型の石炭文明社会だったんですね。

一方、西側社会と言われる諸国は、石油文明社会であったわけです。


新しいアメリカ型の石油文明が、18世紀から続く、古いイギリス型の石炭文明を駆逐したのが、米ソ冷戦時代を、最終的に終わらせたのではないでしょうかね。

石油は石炭と比べ、応用力が桁違いですので、エネルギー自体が、その文明社会の経済格差となり、文明力の差で東側社会は負けた・・・


と、こういう見方もできるわけですよ。


まぁ、東側諸国が文明力をイノベーションしなかったのは、共産主義という、無神論&悪平等思想が、文明の根本にあるからなんですけれどもね。


科学文明・・・と言わず、全ての文明には、基礎動力となる資源があり、その資源の力が文明力となる。

おお、なんだか、「自動車から見える日本と世界」という、アモ~レの気分転換から生まれたカテゴリーも、だんだんと大きな視点を持つようになりました。(爆笑)


と考えると、イギリス型の石炭文明の前は、奴隷を動力源とした、奴隷文明とも言えますよね。


ともあれ時の流れの中で、新たな動力エネルギー源を得た文明は、それ以前の古い、活用能力の低い文明を駆逐していくというならば、歴史の中でのアメリカ文明の繁栄の要因も見えてくるし、また同時に、アメリカという国家の衰退の理由も見えてくるわけです。


つまり、アメリカ型文明というのが、石油文明とするならば、それは、石油という資源を、有効活用することで、その力を存分意発揮できるわけですね。


石油が自国生産でき、精製技術もあって、安くふんだんに石油が使えているうちは、アメリカは石油文明の覇者でいられたわけです。


またそれならば、アメリカ車というのが、なぜあれだけでかくて、威張っていられたかも理解できるわけですね。

アメリカ車というのは、アメリカ自国でしか売れなかったわけです。

というのも、あれだけ燃費が悪ければ、アメリカ以外で、アメ車を飼える国民がいないわけですね。(笑)


アメ車というのは、アメリカが石油文明の覇者であるがゆえに、アメリカだからこそ生きていける、ガラパゴスの生き物だったわけです。


ですからまぁ、文明の潮流という大きな超マクロな視点で歴史を見るならば、後代の歴史家たちは、アメリカの衰退を、1970年代に世界を襲った、オイルショックにその分基点を求めるだろうと、アモ~レは推測します。


アメリカは産油国ですけれども、アメリカ国内の石油消費量が、産出量を越えた時点で、何らかの文明の方向性の修正が必要だったはずですね。

アメリカはそれをぜず、輸入で消費量をまかなう判断をしたわけです。


その石油の輸入先が、中東だったわけです。

かつてより中東では、イスラエルの建国に伴い、アラブ諸国とイスラエルを支持するアメリカとは、軋轢が生まれていました。

産油国であるアラブ諸国は、OPECという産油国同盟でもって、石油文明の申し子である、超大国アメリカに対峙したのが、オイルショックだったと言えますね。


アラブ諸国は石油資源保護を名目に、輸出総量規制をしたことで、石油文明を揺るがしにきたと言えます。


これによってアメリカは、文明の力を、だんだんと発揮できなくなってきたと言えます。

なぜならば、文明の元資源のコストである、石油価格が跳ね上がったからです。


そして大きな流れで見るならば、そこから新しい動力エネルギーの文明が発生していて、その潮流の中に今があるわけですね。


アメリカ型石油文明と、新たな動力文明の端境期が今なのです。


となると、ユダヤ・キリスト教文明と、アラブイスラム文明との衝突が、新たな文明を発生させているわけですし、この3つの宗教の真の融和なり、完全な問題解決のすべがあれば、アメリカ型の石油文明は、もう少しの期間、没落が緩和されるかも知れませんね。


また、新たな動力文明の申し子になれる可能性のあるのは、実は日本ですけれども、このこれまでの歴史を教訓とするか、また後追いをするかの、決断の時に今があるということも、私たち日本人は知らなければならないんです。


「おお、自動車から見える日本と世界は、文明論にまで行くんだぁ。」ということを、管理人は書きながら気づきました。(爆笑)


それでは、またのお越しをー。(^O^)/