大きい方は「24 不動明王」さま。


二相一対の理なれば

善ともなれば悪ともなり、善もなし悪もなし。


切り付けられたものの痛みを知れば

また、切り付けたものの痛みを知る。


自分こそが正しいと思っているから

腹立たしいのです。


みんな正しくないから

争いが起こるのではありませんか?


小さい方は「5 蓮華菩薩」


柔らかな眼差しは

あなたの歩いて来た道を祝福するが如く

行く道を守るが如く。


何が起きようとも

自らを信ずる心で安慮して下さい。


大きないのちのなかで

守られていることを教えてくれています。


2つ合わせると、


相反する二つのものであっても

先ずは認める。


そこから

様々な価値観を良しとする

鷹揚さが生まれます。


あらゆるものが「すべて」と一体であるとき

「正反対」という概念など

意味をなしえません。


多様であるから世界は美しい。

豊かさとは、多様であることに他なりません。


互いに許し合い、ささえあって

世界は成り立っているのです。


完成品のいのちなのに

ときに欲張って「成功」を目指します。


しかし、成功もまた途上です。


完璧ないのちは

よく生きる方へ向かいます。


不安や心配に支配されると、つっこまれたくなくて必要以上に、相手を攻撃したり、ガードを固くしたり。それによって本当は拗れなくてもいいことが、難しくややこしくなってしまうこともあります。自分を解って貰おうとするよりも、相手を解ろうとする。何故そんなふうになるのか?どうしてそうなってしまったのか?相手目線で思った時には、ああ、仕方ないなあと納得出来て、心が解けることもあります。また、風化していくように長い時間をかけて、ゆっくりと解けていくこともあります。大切なのは、自分自身の心の有り様。変えることの出来ない過去に執着せず、どうなるかわからない未来を必要以上に憂れわず、イマココを柔らかく穏やかに生きている。それによって「よく生きる」という意味がわかるのかなあと思いました。さっぱりと顔を洗い、瞑想をして今ここに感謝して日々のルーティンを大切にしたいと思います。