このブログは、お祓い、除霊、龍神だ、エンジェルヒーリング、クリスタル、アセンション、シャーマンなどなど、星星キラキラ星星したものも怪しげなものも龍ヘビおばけくん宇宙人くんいっぱい行って、¥¥お金¥¥をたくさん使ったけど、まだ苦しい~っていう人のためのものです。

 

そして癒しも解放も、実は「ただ」でできるのだ、ということをお伝えするものです。

 

前回の1~17までを読んでなかったら、どれも飛ばさないで、前の投稿を順番に読んでくださいね!1~17は絶対に必要です。

 

「呪い」には、お金が無い、人間関係に恵まれない、仕事に恵まれない、平安がない、健康ではない、など、何かが無い…の「欠如」がつきまといます。

それに対する神の対処法はどうでしょうか?

 

ルカ6章38節

「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです」

 

使途の働き20章35節

「受けるよりも与えるほうが幸いである」

 

マラキ3章10~12節:

「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。―万軍の主は仰せられる―わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。わたしはあなたがたのために、いなごをしかって、あなたがたの土地の産物を滅ぼさないようにし、畑のぶどうの木が不作とならないようにする。―万軍の主は仰せられる―すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる。あなたがたが喜びの地となるからだ」と万軍の主は仰せられる。」

 

そうです。あなたが「まず与える」人になるのです。

 

たとえ手持ちが1万円しかなくても、1000円くらいで、ホームレスの人にお弁当とお茶を買ってあげることはできます。

お金がなくても、地域の子供たちのスポーツチームのコーチなどをして、地域の子供たちのために時間を捧げることはできます。

落ち込んでいる友人にコーヒーをおごってあげて、話を聞いて勇気づけてあげることはできます。

 

 

あなたが愛や勇気や祝福を与える人になると、天地にある全てを創造し、全てを与えてくださる神さまの心と懐につながることができるのです。あなたの銀行口座が神さまの銀行口座と、愛と信仰によってつながるのです。

 

イエスさまも、お腹をすかした何千人もの人々にごはんを与えるために、数個のパンと数匹の魚を増やして、何千人を養うという奇跡を2回行いました。この食べ物が増える奇跡は、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネ全員が書き記した出来事です。誰の記憶からも消すことができない強烈な出来事だったのでしょう。これは、お腹をすかせた人を満たしてあげたい、という天の父の心がイエスを通して表されたのです。

そして、イエスは数個のパンと魚を持って、何千人に分け与える前に、まず神を賛美して、神に感謝を捧げました。「お願いだから、増やしてください!!!」と必死で祈ったのではなく、誰もがひもじい思いをしないで満たされることが神の御心なので、素晴らしい供給の奇跡をおこなってくださる天のお父さんに先取りの感謝し、賛美してからパンを分けたのです。

 

だから、私たちが持っているものが一見足りないように見えても、神を賛美して、全てを満たしてくれる神に感謝して、信仰によって人に分けてあげると、それは神を信頼していることとして神の目にうつるのです。

 

自分が知っている牧師も、この供給の奇跡を経験したことがあったそうです。ある日曜礼拝の後の昼食に数人人を呼んだら、思ったよりも3~4倍くらいの人数の人が集まってしまい、準備したごはんが足りなくなったそうです。その当時は極貧だったので、ちょっと食糧を買い足しにいく、ということもできず、ごはんが足りないとか、帰ってくださいとかとも言えず、料理しながら神に祈ったら、神が「恐れないで、みんなに山盛りついであげなさい。でも、そのとき、鍋の中をのぞいてはダメだ」と言ったそうです。だから、牧師の奥さんは、鍋の中を見ないように、思い切ってみんなに山盛りによそったら、全員腹いっぱい食べて、それでもごはんが余るほどだった、と言ってました。

 

鍋の中を見ると、「足りなくなる!!」と恐怖がくるので、あえて鍋の中(自分の手の中にあるもの)に目をとめるのではなく、人に仕えたい、人に食べさせてあげたい、という愛の目的にフォーカスすることで、神の供給の奇跡が起こったのです。

 

また、旧約聖書で天地創造の神は、全ての収穫、収入の十分の一を神に捧げるように指示しました。作物や殺した動物でも「余りもの」ではなくて、新米のように一番最初の収穫(収入)で最高のものの十分の一を神さまに納めるようにイスラエルの民に教えたのです。そうすることで、イスラエルの民は、残りの9割が盗まれたり、虫に食われたり、足りなかったりしないで、神に祝福され、神の守りの中で収穫を十分に楽しむことができたのです。

 

だから、聖書の通りに生きるクリスチャンの中には、十分の一献金と言い、収入の十分の一を神さまに納める人たちがいます。

神さまの祝福と守りがある9割か、神の守りも祝福もない10割と、どちらが良いか、私たちは選ぶことができるのです。

自分の知っている人でも、徐々に十分の一から割合を上げていって、今や収入の9割を献金している人がいます。それだけ神が収入を増やしてくださってくれたので、収入の十分の一でも家族全員がきちんと生活ができるように、神がその人を祝福してくださったのですね。

 

もちろん、どんなものでも、どんな愛の言葉でも、勇気でも、時間でも、労力でも、何をどのように捧げるか、収入の何パーセントを誰にどのようにあげるかは、あなたと神さまの間で決めることです。

 

神さまはあなたがまず愛と祝福を与える人になることを望んでおられます。そして神さまは、お中元とかのように自分にお返しできる人にものやお金をあげるのではなく、お返しができないような、自分より恵まれない人に、ものやお金を与えることを望んでいます。(ルカ14章14節参考)

 

だから、今日、「ものが欠如する」という呪いから自由になるために、あなたが最初に心を開いて、祝福を与える人となりませんか?そうすることを習慣にすることによって、天地の全てのものを創造した神の心と、あなたは常につながることができるのですよ。

 

ハガイ2章8節
「銀はわたしのもの。金もわたしのもの。」

 

詩編50章10~12節

「森のすべての獣は、わたしのもの、千の丘の家畜らも。
わたしは、山の鳥も残らず知っている。野に群がるものもわたしのものだ。
わたしはたとい飢えても、あなたに告げない。世界とそれに満ちるものはわたしのものだから。」

 

下は無料の聖書アプリのリンク下差しです。(音読も聞けるので便利ですよ~)

祝福と供給について、神が定めた霊の法則を読んでみてくださいね!

https://www.bible.com/ja