2013年02月23日(土) 19時05分33秒

娘語録

テーマ:子供たち
ある朝、いつものように娘を着替えさせようとしたら、娘は服が気に入らないと怒り始めました。

どう説得してもダメそうでしたので、

「え~い、めんどくさい。全部の服を並べてやれば、気に入ったのを選ぶだろう」

そう思って、服を並べて見せたあとの様子が、下の動画になります。




娘が兄と遊んでいる時に、「とっても負けない!」と頑張っていました。

絵本を持って私の膝に座り込み「お父さん、絵本、自分で読んで」と頼まれる時もあります。

そうかと思えば、「デザインあ」という番組で、「お金の便利さ」を表現した「お金っていいねえ」を連呼していたこともあります。

先日は、捕まえて「食べちゃうぞ~」と言ったら「おいしくない」と必死に抵抗してました。

魔の三歳児と言ったりしますが、その理由は、その子の想いに語彙がついていかないからです。親の言うことは理解できませんし、子供も自分の思いを伝えられません。結局、それが駄々をこねたり、無理難題を言ったりと言うことに繋がって、「魔の三歳児」なんて言葉になるのでしょう。

少ない語彙力で自分の思いを訴えようとしている三歳児、身振り手振りを交えて一生懸命話します。こういう姿って面白いものですし、また、尚更それがかわいく思えてきます。

親にとっても、子供にとっても、この時の経験は、とても大切なものです。嬉しさ、悲しさ、自分の思い…ぶつかってぶつかられてを繰り返し、それぞれに成長していくのだと思います。


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2013年02月20日(水) 15時00分49秒

自民党の憲法改正草案を後ろから読んでみる…その5(地方自治体のあり方)

テーマ:ブログ
日本は地方自治と国政の二重構造で運営されています。

この地方自治について、自民党の憲法改正草案を見てみると、ここにも、新設された条項があります。

ここから====================
第八章 地方自治

(地方自治の本旨)
第九十二条 地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨として行う。
2 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。

(地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等)
第九十三条 地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める。
2 地方自治体の組織及び運営に関する基本的事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律で定める。
3 国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。

(地方自治体の議会及び公務員の直接選挙)
第九十四条 地方自治体には、法律の定めるところにより、条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する。
2 地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民であって日本国籍を有する者が直接選挙する。

(地方自治体の権能)
第九十五条 地方自治体は、その事務を処理する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
(地方自治体の財政及び国の財政措置)
第九十六条 地方自治体の経費は、条例の定めるところにより課する地方税その他の自主的な財源をもって充てることを基本とする。
2 国は、地方自治体において、前項の自主的な財源だけでは地方自治体の行うべき役務の提供ができないときは、法律の定めるところにより、必要な財政上の措置を講じなければならない。
3 第八十三条第二項の規定は、地方自治について準用する。
ここまで====================

現行の日本国憲法では、

ここから====================
第八章 地方自治
第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
② 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
ここまで====================

どこをいじっているかを詳細に見比べてみれば、地方公自治体は「住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨」とし、「住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負い」、「法律の定める役割分担を踏まえ、」国と「協力しなければなら」ず、また、地方自治体は「相互に協力しなければならない」と明示されているところが、大きな変更点となります。

地方自治体の相互協力は、東日本大震災のことを考えれば当然だよね、ということになるでしょうし、住民の「地方自治体の役務の提供(行政サービス)を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務」というのも、公共料金不払い問題から見れば、当然ということになるわけですが、注意して見れば、現行の日本国憲法の第九十五条が丸々削除されていることがわかります。

よく考えてみれば、法律というのは、国が定めた規則であり、地方自治体が定めるのは条例です。つまり、「(国が定めた)法律の定める役割分担を踏まえ」、「 国及び地方自治体は」「協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。」となるわけです。これって、結局は、地方自治体が政府の施策に側面から協力していく補完的・行政組織的なものにならざるを得ないということを意味します。

また、住民は「負担を公平に分担する義務を負う中で、地方自治体の役務の提供(行政サービス)を受けることができる」と風にひっくり返して読んでみれば、じゃあ、義務って何だ?という問いが生まれてきます。

一つは税金を払うこと。もう一つは国が定めた方針(法律)に従うこと。そして、国に対して文句を言わないこと…。それ以外の人は、ぜひホームレスになってくださいということなのかしら?結果的に考えれば、義務を負わない人々には投票の権利も与えられないってところまで考えているかもしれません。

この憲法改正草案を作ったのは自由民主党で、その政党名には「民主」がしっかりと入っているのですが、民主主義というのを、選挙主義と考えているのだとすれば、それは大きな勘違いです。

選挙は国民の負託に政治家が応えることができるかの審判でしかありません。国民の負託とは一体なんでしょうか。それは国民が互いに平和に、そして健やかに過ごすことができることであるはずです。

「皆様の生活を守ります」と連呼した末に国会議員となった政治家の皆さんは、国民の融和を呼びかけ、平和を守る者でなければならないはずですが…。


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2013年02月16日(土) 16時55分36秒

電気料金値上げ

テーマ:ブログ
東北電力が、値上げの申請をしたというニュースが駆け巡りました。

値上げは、原子力発電所の運転停止に伴う火力発電所の燃料費の増加が主因。東通原発の再稼働は2015年7月、震災の復旧工事が続く女川原発の再稼働は16年度以降になるとし、燃料費は3割増えると見積もっている。(http://www.j-cast.com/2013/02/15165564.html)

燃料費の増加が原因と言うことのようですが、ちょっと気になることがありました。

それは、節電のこと。

2011年3月11日に起きた東日本大震災によって起こされた電力不足が起こったのは皆さんの記憶にも新しいところだと思います。各電力会社が挙って「節電へのご理解、ご協力に感謝します」などと盛んにテレビや新聞に広告を出していました。

その時に、大丈夫なのか?と違和感を持ったことでした。

どういう事かというと、企業として考えた場合、「買って頂いてなんぼ」のものである訳ですが、それを、「買わないで(買うのを我慢して)下さりありがとうございます」言っているってなんか変だなあと思った訳です。

つまり、品物を売らなきゃ、業績が落ち込むのは当たり前な訳です。じゃんじゃん売る言葉出来ればじゃんじゃん儲かりますし、少ししか売ることが出来なければ、赤字が出るのが経済の道理ってヤツです。

しかし、ニュースなどでは「値上げは、原子力発電所の運転停止に伴う火力発電所の燃料費の増加が主因」としか伝えていません。

…で、東北電力のプレスリリースにアクセスしてみました。

電気料金の値上げ申請について(http://www.tohoku-epco.co.jp/news/normal/1184189_1049.html
)


なんとまあ、堂々と「電力需要が大幅に減少」と書いてありました。

さらに、

電気料金値上げ申請の概要について(PDFファイル/2044KB)

の中にも、「東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所事故の影響に加え,節電にご協力いただいていることなどから,前回 改定時と比較して48億kWh減の年平均792億kWhを見込んでおります。」とか、「電力需要の減少」、「福島第一原子力発電所の事故(による)住民避難の継続(つまり、避難して誰もいない地域があり、電気を売ることもできない)」、「風評被害による地域経済の影響(つまり、風評被害によって地元の企業が事業を縮小もしくは停止しているため電気を買ってくれない)」とまあ、「売れない悲哀」を切々と訴えています。

つまり、値上げの主要な理由の一つは「みんなが節電してくれていることなんです!!」と間接的に訴えている訳です。「日頃より節電にご協力頂きありがとうございます」という公告はやっぱり、でたらめだったと言うことができます。商売というのは、一定量以上を売らないと利益がでない仕組みになっているので当然と言えば当然です。

さて、私は保育所を経営していて思います。保育所は行政サービスとして国が保障しているものです。保育所は在園児数によって収入が変わります。園児数が上限に近いほど利益は上がるのは当然です。過疎地域の保育園は等しく、園児減少に伴う収入の大幅な減少という問題を抱えています。更に、暖房に使う燃料費、食材費などの調達コストは上がる一方で、運営費の算定基準額は年々引き下げられています。だからといって保護者さんに、保育料を引き上げることが出来るでしょうか?

「膨大なコスト負担を現行の電気料金水準で吸収し続けることは極めて困難であり、設備保全にも悪影響が生じ電力の安定供給に支障をきたすこととなります。」と東北電力は主張します。

もし、どこかの少子化に苦しむ地域の園長が同様に「保育コストが膨大になり、現行の運営費で吸収し続ける事は極めて困難であり、保育所の管理運営にも悪影響が生じ、保育サービスの実施に支障を来す」と言ったとしても、「園児を他園から奪うくらいの気構えでなきゃ」なんて言われたりして「それを何とかするのが施設長の務めではないか」と行政側は一蹴するでしょう。

それは、保育所同士が競合させられている環境にあり、文句は言えない構造になっていると言うことを示しています。それでも、行政サービスを付託されている事業が保育所なんですけどね。

もし電力会社が同様の環境に置かれていたとすれば、「原子力が使えないから」、「燃料費が高騰してるから」、「買ってくれる人が減ったから」という部分をバネにして発展していくべきはずのことではないかと思ったりするのですが…。

今回の値上げ、電力会社の狙いとは逆の効果をもたらすことは必至です。電気料を値上げすれば、更に節電に拍車がかかり、電力販売量は落ち込み、更に値上げを重ねることになりかねません。その結果は、自然エネルギーなど自家発電をすることのできない庶民は値上げから値上げへと付き合わされて行くことになりはしないでしょうか。

この時だからこそ、電力会社は新しい模索をはじめなければならないはずなのです。しかし、今回発表された書類には、むしろ、「今まで通り原子力中心でやりたい」という意思しか読み取ることは出来ませんでした。

今まで、倒産することなど考えられない企業として電力会社は存続することを求められてきたのかも知れません。業績悪化のリスクを冒してまで冒険や技術革新をするよりも、おとなしく決められた量を発電する方を国民も国も望んでいたのでしょう。その為だったら、多少割高になっても仕方がないとさえ思っていたかも知れません。

しかし、振り返ってみれば、今、私達は電力会社を頼らざるを得ず、そして電力会社は原発を頼らざるを得ず、しかし、その原子力に頼れなくなった途端、節電すればしたでそのツケは値上げになって跳ね返り、電気を使えば使ったで、原発再稼働という形で帰ってこざるを得ないと言う構図になって現れているように思えてきました。

電気ぐらいはせめて自分で作れるようになっていた方がいいのかも知れませんね。


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2013年02月14日(木) 18時07分41秒

息子の歯が抜けた

テーマ:ブログ
ある教会の牧師室-P1000243.jpg


何だと思います?

十円玉?

いえ、その脇です。

まあ、題名の通り、息子の乳歯なのですが…(^^;

今、彼の同級生たちもそれぞれ歯の生えかわりの最中です。年長児はクリスマスあたりから歯のない笑顔が増えてきます。一番のイベントであるクリスマス会には前歯が二、三本抜けている子もいました。

うちの息子は小さく生まれたからか、同級生からは相当遅れましたが、火曜日の夜、歯がグラグラすると言いはじめました。

怖さもあって、昨日も一日ピーピー言っていましたが、今朝、起きたら抜けたそうで「歯が抜けた~!!」と大騒ぎ。そして一言「痛くなかったよ」と言って喜んでいました。

保育所では乳歯のことを誰となく「赤ちゃんの歯」と呼んでいます。赤ちゃん時代の歯だということなのでしょう。

今朝、息子はたくさんの友達、保育士に報告して回っていました。

でも、今回抜けたのは下の前歯ですが、あらためて、こんなにちっちゃいんだと実感した次第です。永久歯と比べれば、まるで「赤ちゃんの歯」です。でも、細かく観察してみれば、意外にしっかりしていて、まだ使えそうな歯なのに…とちょっともったいない気持ちにもなりました。

そう言えば、歯の生えかわりに際して、歯の間に隙間が見えるようになっていました。顎が大きくなり、大きな永久歯が生える土台が出来ていたのです。言ってみれば、より大きなものを受け止めることができるようになったということでしょう。

人間、未経験のものに対して恐れや不安はたくさん感じるものです。それを素直に表現することは間違いではありません。だからこそ、乗り越えた安心感、満足感は充満するでしょう。

そう言えば、昨日、息子の同級生の園児が、「大丈夫だよ。痛くなかったよ」と声を掛けていました。

歯のない笑顔は、彼等の勲章だと改めて思った次第です。

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2013年02月12日(火) 07時10分20秒

そもそも建国記念の日とは?

テーマ:ブログ
昨日は「建国記念の日」だったわけですが、そもそもなぜ「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」なのでしょう。

この「の」は何を意味するかというと、

「建国をしのび、国を愛する心を養う。」という趣旨の「建国記念の日」を定める国民の祝日に関する法律を1966年に改正が成立した。同改正法では、「建国記念の日」の具体的な日付について定めず、政令によって定めることとしていた。そのため、同年12月、佐藤栄作内閣は、建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)を定めて、「建国記念の日」を2月11日とした。同政令は即日施行され、翌1967年(昭和42年)の2月11日に実施された。こうして、紀元節の祭日であった2月11日は、「建国記念の日」として祝日となった。(ウィキペディアフリー百科事典より)

つまり、いつかはわからない(…様々な意見が飛び交い確定できない)“建国されたという事象そのものを記念する日”として、定められたと言うことです。

因みに、建国記念日については、紆余曲折があります。

そもそも、伝統的には旧暦の1月1日が建国記念日でした。昔、暦は権力の根幹をなすものでしたので、当然と言えば当然です。つまり、正月は建国を祝う日だった訳です。

さて、その後、明治維新を経て、1873年に太陽暦を採用することになりました。そして、当時の旧暦1月1日に相当する太陽暦1月29日を紀元節(建国記念日)とします。中国などでは、春節と称し、未だに旧暦の元旦を正月として祝っていますが、日本では、太陽暦1月1日を元旦としました。そんなことが影響し、旧暦1月1日を旧正月の祝日、正月を2回迎えるという誤解が国民のあいだに広まったのだそうです。

国民のこの反応を見て政府は、紀元節は神武天皇即位日を祝う祝日であるという理解が広まらないのではないかと考えました。また、1月29日では、孝明天皇の命日(1867年1月30日)と前後するため、不都合でもあったため、新たに神武天皇即位日を定め直し、2月11日を紀元節としたという経緯があります。

2月11日という日付の算定にあたって当時の説明では「干支に相より簡法相立て」とされて、文部省天文局が算出し、暦学者の塚本明毅が審査して決定したそうですが、その具体的な計算方法は明らかにされていないそうです。

はてさて、ここまで調べてみて、どの時点を建国とするべきなのかは歴史的な経緯を考えても、ハッキリしないということができます。

建国を記念するというのは一体どういうことでしょうか?

自分が今あることを考えることから始めなければなりません。そして、国をよく知ることから始めなければなりません。国が「知って欲しい」と思っていることだけを知ればそれで良いのでしょうか?

国だって人間の集団です。国を運営するその人たちは神様ではありません。その歴史を直視する時としても、建国記念の日は備えられているべきです。

神武天皇が即位したとして、それが現代の日本の素晴らしさにどうつながるのでしょうか?まあ、言い方によったら、毎日が新しい建国の日ということもできないでしょうか?過去はどうであれ、これからの日本が素晴らしい国になって行く事が大切なのだろうと思うのです。

あなたにとって、今の日本は素晴らしい国ですか?

そんな想いをめぐらすのも「建国記念の日」だと思います。


(この文章はwikipedhiaフリー百科事典の記載を再編集し、更に私の考えを付加して書きました。)


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2013年02月11日(月) 17時30分36秒

憧れのマイホームを手に入れた娘…遊びに行ったらちゃんと、案内してくれました。

テーマ:ブログ
今日は結構雪が降りました。

保育所もお休みで、本日は久しぶりに家で、みんなでのんびり過ごすことにしました。

で、雪の晴れ間をみて除雪をしたのですが、息子や娘も手伝うとか何とか…。ついでなので、庭の雪山を掘りかまくらを作ることにしました。

前々から、作って欲しいと頼まれてたし…。

掘り始めて、やっと娘が入れるほどに…。

ある教会の牧師室


大喜びですが当然要望は、「もっと大きくして」…まあ、そのつもりです。

座れるようになりました。

ある教会の牧師室-P1000230.jpg


さらに、もう少し大きくなって、

ある教会の牧師室-P1000233.jpg


息子もやってきました。

ある教会の牧師室


ストーブや電気、冷蔵庫に雪の塊を見立てて二人で遊んでいます。

ある教会の牧師室


更に深く広く掘り進めると、「お母さ~ん♪」と妻をご招待。

私も入りましたが、中で掌を上に、「ここが台所で、こっちが冷蔵庫です」とにこやかに説明していました。

冬季限定だけどマイホームを手に入れてご機嫌な娘。

で、さっき家に入ってきたのですが、娘はおやつを食べて、そのまま、コタンと寝てしまいましたとさ。


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2013年02月08日(金) 17時13分18秒

吹雪の中で

テーマ:ブログ
夕べから、津軽地方では久しぶりの猛吹雪。

今朝、保護者さんの一人から、「車が雪に刺さって(突っ込んで)動けなくなった」と連絡が来たので、救出に向かいました。ちょっと立ってるだけでも雪だるまになってしまうような激しい吹雪。

吹き溜まりに乗り上げて動けなくなっていたようです。

激しい吹雪の中、それらしい車を見つけると、もはや、既にご近所さんや、行き合わせたドライバーたちがスコップなどを片手に、救出しているところでした。他の人と押して何とか脱出させました。声を掛けてみたら、別の人…。

なんと、更に進んだところで、清掃車を含め3台の車が路肩の雪に突っ込んで身動きが取れなくなっていました。で、一番奥に園児と保護者さんの車が…。

津軽では冬は走れない道路があります。

更に、天候によっては走れない道路があります。

お気をつけ下さい。

冬の津軽では、困っている人を見かけたら、必ず声を掛けなさい。と信徒さんに教えられました。もし、誰も声を掛けなければ、大げさな話ではなく人死にが出ます。

今日も、沢山の人たちがその津軽の流儀に則って人助けをしていました。


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2013年02月03日(日) 07時44分50秒

人間とは何か

テーマ:教育
「私は褒められて伸びるタイプです」という言葉を最近よく耳にします。逆に「私はいじめられて伸びるタイプです」という言葉はほとんど聞きません。殴られて、貶されて上達するのと、褒められて上達するのだったら誰もが褒められる方を選ぶでしょう。保育の世界でも「子供を褒めて伸ばす」と言うことはもはや常識的な保育理論の根幹です。

2月2日、大阪市教育委員会が体罰を桑田真澄氏を招いての講演会で桑田氏が「スポーツマンシップとはどうあるべきかを話した」と説明。体罰について「ダメなものはダメで、論理なんていらない。仕返しをされない絶対服従の中で行われる。一番卑怯だ」と熱弁、それに耳を傾けた橋下徹市長は、「開眼させられた。暴力指導は兵隊養成だ。絶対根絶する」と語ったと報じられました。

体罰問題がクローズアップされている中で、巻き起こるのは、「どこまでが体罰なのか」とか、「じゃあこういうのはどうなんだ?」と論争です。こういう事を論じることは、結局、今までの教育方法の体罰の部分だけを変えようとしていることを示しています。

もし、現在までの教育に体罰というものが大きな意味合いを持っていたのであれば、その部分がゴソッと抜ける訳ですから、本来的には今までの教育方法は意味をなさないと言うことになりますから、体罰を日々の活動に取り入れている人々にとっては、この事柄が重要な部分になります。

つまり、従来の教育論はもはや受け入れられないのだと言うことでもあります。脅してやらせたとしても、それは教えられる本人にとって意味のないことだと言うことが明確化したと言うことに他なりません。ひいては、今までの効率管理主義教育の否定という所にまでたどり着きます。これは、学校制度そのものの崩壊を示しています。

もともと、指導者というのは、専門家と素人の間に立つ存在です。スポーツの世界で顕著ですが、トップレベルの選手が良き指導者になれるかというと、実はそうではありません。むしろ、現役時代に苦労した経験を持つ人たちが良き指導者となり、トップレベルの選手を育てている事実があります。教育とは、そもそも人間関係なのです。挫折を知っているからこそ、教え子の苦悩を知り、それを乗り越える手段を共に考えたり提示できるのです。教育というのは、教師が自分の失敗を後進に生かすことによって成し遂げられるべきものです。

昭和を代表する作家の石川達三が昭和51年『自分を誤解しない為に(暮しの手帖40号)』の中でこんなことを言っています。『若い人たちはよく、「生き甲斐がない」と言います。しかしそれは当たり前です。孤立した人には生き甲斐はない。生き甲斐とは人間関係です。人間関係という泥沼の中に埋もれて、その人肌の温かさによって生き甲斐を与えられるのです。』

凄い言葉だと思います。そして何よりも、現代という時代を見回して、「人間関係」以外のものに生き甲斐を目指している人たちがたくさんいることを思わされました。

「教師の生き甲斐」が「教え子の“実績”」になってしまっては居ないだろうかと言うことに思い至ります。良き師弟関係とは「良き人間関係」に由来するのです。教師としての適否は「人間関係を生き甲斐とすることが出来るか」という一点にかかってくるのです。力関係が人間関係だという事は思い違いであることをはっきりしなければならないのです。

人間関係とは、人間とは何かを知ることです。それは、十人十色であることを知ることです。人間は規格物=製品ではないことを知ることから、人間関係が始まるのです。


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2013年02月02日(土) 14時43分59秒

自民党憲法改正草案を後ろから読んでみる…その4(憲法は政治家の労働協約?)

テーマ:自民党憲法草案
12月16日に行われた衆議院の総選挙で、比例代表の自民党の得票率が話題になっています。

読売新聞によれば、
 「自民の比例得票率、大敗した前回選とほぼ同じ」
比例選(定数180)では、自民党の得票率が27・62%で、大敗した前回2009年衆院選の26・73%とほぼ同じだった。

 民主党は16%で、大勝した09年の42・41%から大幅に減らした。

 自民、民主両党の得票率の合計は43・62%。03年衆院選以降は、両党の得票率の合計は7割程度で推移してきたが、今回は大幅に下がった。

 日本維新の会は40議席を獲得し、民主党の30議席を上回り比例選で第2党になった。得票率は20・38%で、全11ブロックで議席を獲得。特に、地盤とする近畿ブロック(定数29)では10議席を得て、自民党など他党を抑えて第1党となった。

 みんなの党は8・72%で、09年の4・27%から伸ばした。日本未来の党の得票率は5・69%だった。


さてはて、この結果を皆さんはどう考えるかは置いといて、今回はこの憲法草案に盛り込まれた「有効投票」というものについて考えて見ましょう。

「有効投票」とは「デジタル大辞泉」によれば、有効投票数の用語解説 - 投票総数から無効投票数を差し引いた票数。白票や候補者の氏名以外を記入した票、複数の氏名を記入した票などは無効票となる。有効投票数は法定得票数の算出基準としても用いられる。とあります。

ところで、先の選挙ではもう一つ気になる記事があります。

投票率最低なのに…選挙区の無効票「過去最高」(朝日新聞)

つまり、各候補者の得票総数が有効投票数ということになります。「有効」ですから、「無効」もあるわけで、その無効票の意味をどう考えるかと言うことが問われる必要も出てきます。

で、件の自民党の憲法改正草案では、「有効投票」という文言が2カ所に織り込まれていることに注目してみたいと思う訳です。実際には草案の九十七条と百条に入れられています。

ここから======================
(地方自治特別法)
第九十七条 特定の地方自治体の組織、運営若しくは権能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない。

第百条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。
ここまで======================

これって、重要な話です。因みに、現行の日本国憲法では

ここから======================
第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。


第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
ここまで======================

となります。もう一度、

「有効投票の過半数の同意」(自民党憲法改正草案)
「過半数の同意」(現行日本国憲法)

憲法は確かに変えやすくなります。この変えやすくなると言うのがポイントです。

有効投票とは、白票・無効票を除いた票と言うことです。現行の日本国憲法ではただ、過半数と書かれています。この違いはとても重要です。有効投票という一文が入れば、極論で言えば、1票が賛成であったとしても、他がすべて白票・無効票であれば賛成多数、可決ということになります。

無効票というのも厄介で、例えば、○をつけるのにも、「α」のように線が出た場合、判定の仕方いかんによっては「×」かも知れないとされて、無効票にカウントされることもあります。その判定をするのが、選挙管理委員会という組織なのですが、それにしてもあらかじめ委員長から判例を渡されての判断ですから、無効票の数もある程度なら、コントロールすることができます。逆に言えば、手書きの投票というのは無効票を産みやすいシステムである事は確かです。

そこまで極端じゃないにしても、変えやすくなれば、憲法自体がその時々の都合でころころ変わりやすくなってしまいます。

現行憲法では国会議員は、国民が投票により選んだ国の管理職であり、その仕事を付託するときに「こういう約束で働いてもらいます」というものを表した契約書のようなものと表現することができます。ところが、自民党草案を見ていると労働協約…つまり、「働く時にこうして欲しい」と要求するような感じになっています。そして、その権利を使用者である国民に対し保持したいというのが、憲法を変えやすくしようとしている主な狙いであるとも思えてきます。

要するに、国を維持するために働く人(=「国会議員などの政治家」だと思っているらしい??)の権利を擁護するのが、憲法だという主張を基に成立させたいものが、自民党憲法改正草案というものなのだろうと思ってみたりします。

雇用主である国民をあごで使いたがる被雇用者である政治家って、一体なんなんでしょう?


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