1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /
2008年04月30日(水) 22時08分01秒

ノストラジック

テーマ:ブログ
DCF_0136.JPG

先日つがる市のあるお店で見つけました。

手作り感いっぱい、なんとも懐かしいような温もりを感じました。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2008年04月29日(火) 17時39分01秒

昭和とは何か

テーマ:埋もれた歴史
今日は「昭和の日」…「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」というのが趣旨なのだそうです。平成元年生まれも二十歳となるわけですから、昔は天皇誕生日という祝日だったのを知らない人たちも増えてきているでしょうね。

最近、レトロブームといわれ紹介されるのは、昭和となっています。私の時代はレトロブームとは大正でしたから、自分の年を改めて再認識したりして。

とはいっても、この昭和、64年まであります。この64年間、「昭和の日」の制定の趣旨には「激動の日々を経て」と表現されていますが、その激動とはいったいどのような物であったのか、ちょっと振り返ってみましょう。

昭和元年は今から82年前になりますね。12月24日に大正天皇が崩御し、その翌日12月25日からが昭和元年となります。昭和元年はわずか一週間でした。

昭和一桁は不敬事件が頻発しました。そしてまた、軍部が政治に対する影響力を強めた時代でもあります。昭和2年金融恐慌、大不作、そして南京事件、昭和5年統帥権干犯問題が噴出、昭和6年満州事変、昭和7年に5.15事件、唱和8年国際連盟脱退、昭和11年に2.26事件が起こります。

ちょっと変わった事件では、昭和8年には、足利尊氏賛美論で商工大臣が辞任という事まで起こります。どういうことかというと、当時は足利尊氏は逆臣としての評価があったということ、そして足利尊氏を養護する者さえ逆臣といわれたという事件です。

昭和12年には日中戦争が勃発、そして昭和15年には、太平洋戦争に突入します。当初の連戦連勝も昭和17年には息つき始め、ガダルカナル撤退、18年からは玉砕という言葉が出てきます。5年間闘って圧倒的な国力の差の前に、ポツダム宣言を容れて降伏したのが昭和20年でした。

その後数年間、日本は食うや食わずやの悲惨な時代をアメリカをはじめとする連合国軍の占領時代として歩みます。極度のインフレと、外貨不足で苦しんだ日本に転機が訪れたのが昭和25年。朝鮮戦争による特需がきっかけでした。昭和25年自衛隊の前身である警察予備隊が設立され、サンフランシスコ平和条約の締結と、国連加盟が昭和26年。昭和27年には血のメーデーと続きます。

朝鮮戦争休戦した昭和28年あたりから、日本はそれこそ驚異的な「復興を遂げ」ます。昭和31年の経済白書には「もはや戦後ではない」との名文句も登場しました。

さて、今の昭和ブームを見ると、昭和とは言っても昭和30年から40年代を懐かしんでいるというのがこの昭和ブームの正体です。東京タワーの完成は昭和33年。東京オリンピックが昭和39年。私の生まれ年昭和45年には大阪万博と続きます。沖縄の復帰が昭和47年。景気も右肩上がりで、昭和60年代には日本経済が世界を席巻する勢いにまで上り詰めました。

しかし、その一方で、ベトナム戦争、安保闘争、東西冷戦激化に伴うオリンピックのボイコット、大韓航空事件、ベルリンの壁崩壊、東側陣営の崩壊など様々な事件が起きました。

そして今、昭和を私たちはどう思い返すのでしょう。

歴史とは、そこに息づく人達の命懸けの証であるということもできます。いろんな人のいろんな出来事が詰まっているのが歴史です。今から考えれば、何で?と思う様なことで、命を奪われたり奪ったりという出来事もたくさん含まれています。足利尊氏が好きだと言っただけで失職する事になった人までいるほどです。
懐かしむだけでなく、威張るだけでなく、嘆くだけでなく、謙虚に振り返ってみたいものだと思います。

1985年5月8日に行われたドイツ連邦共和国(当時)のヴァイゼッカー大統領が,ヨーロッパにおける終戦40周年を記念しておこなった演説の言葉の重さを思います。

「過去に目を閉じるものは,現在にたいしても盲目である。非人間的なことを記憶することを拒むものは,だれであれ,新しい伝染病にかかりやすい。」

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008年04月28日(月) 08時52分20秒

恵みは横に降る

テーマ:ブログ
「津軽では、雪は上から下には降らないよ」

と津軽出身の牧師さんが、私に教えてくれました。津軽は地吹雪で有名な地域。

「横に降るんでしょう?」と聞けば、

「いやいや、下から上に吹き上がってくる」

下見に来た時に、実際に体験しましたが、なんともすごいところだなあと思っておりました。





さて、昨日、津軽は雨。

なんと、雨まで、横に降っていました。まるで飛沫を浴びているような気分。

なんともかんとも…。




そういう厳しい環境に生まれ育った人たちというのは、忍耐強く、義理堅いというのは有名な話。津軽の人たちもそうですね。

そしてそれは、日本だけではなく、世界中の話らしいです。厳しい世界にいる人たちは、その厳しさを体験しているからこそ、人に優しくなれるようです。

聖書の世界にもそんな感覚があちこちに見受けられます。出エジプトの苦労を体験したからこそイスラエルの民は、寄留者、寡婦、孤児たちを保護しようと、そんな律法が作られます。助け合い、支え合うことが当たり前とされたのです。

しかし、そんな律法も経済繁栄の中で、無視され、都合よく解釈されてイエスの時代には圧倒的な格差社会が出来上がっていました。

戦後何もない日本で、苦労を共に担い、希望を持って進む力をもって今の日本は形作られました。しかし、今、経済繁栄を遂げた中、疑心暗鬼の世の中になっているように思います。自分は他人より損をしているのではないか、そういう思いが強くなっています。

昔を思い出せる人は、もう一度、昔を思い出してみましょう。

電話がなかった時代、テレビが家に来た時代、コンビニがなかった時代…。お互いに助けられ、助けた記憶。人間は助け合いながらやってたなあって、思い出せるでしょう。

神様からの恵みは、上から降り積もるだけではなく、横へと吹きつけるものでもあります。

恵みの地吹雪…


体感したいものです。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008年04月25日(金) 23時09分20秒

所と園

テーマ:ブログ
今日は施設長会議という会議に参加してきました。地域にある保育所と保育園の所長、園長が面利と参加。私も顔見せもかねて参加しました。所長と園長を総称して、「施設長」と呼びます。

さて、保育園と保育所の違いって知ってますか?例外もありますが大体の場合、公立は保育所、私立は保育園となります。もっともこの青森では昔は逆に呼んでいたそうで、昔からやっているうちは正式名称は「木造保育所」です。ですので、私の肩書きも正式には「所長」で、通称は「園長」です。

ややこしいのは様々な単語。例えば「入所式」と「入園式」、「登所」と「登園」など対応している言葉はまだいいのですが、「園児」に対して「所児」は呼べませんね。「所庭」とは言わないですし、「園庭」に対応する言葉もありません。

ということで、「園」と「所」が私に頭の中で飛び交っています。


ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008年04月24日(木) 10時30分06秒

人権とは何か

テーマ:ブログ
ブログネタ:死刑について考えてみる 参加中
本文はここから


人権。この言葉、時には眉をひそめて語られ、時には、とても大切な物として語られるこの言葉。
この「人権」というもの、うっかりすると、とんでもない誤解を生じます。

最近の論調では「加害者の人権より、被害者の人権を」というのが多いですが、そういう考え方の根底には人権がそれぞれの人間に「付与されている権利」という理解になってしまいます。「効率よく使わなきゃ」とか「どこまで守ればいいねん」とか…、以前には、「人権メタボ」なんて言葉が閣僚から出てきたり、それに対して支持するとか支持しないとか激論も噴出しましたが、この構図は、いわゆる「人権の衝突」という理解から起こっていることです。

でも、人権とは何かといえば、本当は自分が自分に対して与えるものであると思います。例えばそれは、「人間らしく生きる権利を保障する」のはお互いであり、保障してもらうのではないということ。

人権なんて言葉を使うから、ややこしいのかもしれません。

礼儀を知る…この日本において昔から大切にしていた概念が実は「人権」の真なる姿です。

しかし、個人の礼儀知らずは笑いものになるだけですが、礼儀知らずになって困るのは国や政府や組織です。そこのところで出てくるのが「人権」なのです。もともとは、お互いを人間として受け入れようというのが人権です。

過去には、色々ありました。

人間だと受け止められる以前に、人種、国籍、性別、宗教、思想、障害の有無によって人々は受け止められ、同じ人間ではないという理論の中に人々それぞれが捕らわれていた時代、悲劇はたくさん起きました。奴隷という物にされてしまった人たち、性の違いで劣った人間と見られた人たち、人種や国籍、思想や宗教の違いで起こった戦争という名の殺し合い…。

「人権」というのは「人間である権利」ということだと思います。人間である権利とは何かといえば、「人を殺さない」、「差別しない」という権利です。つまり「文化的な人間である権利」が人権なのです。

何人も差別を強要されず、その差別によって人を殺すことを強要されないという「権利」が人権です。

囚人の権利を守る為に死刑を廃止するのではなくて、死刑執行人の「囚人を殺さない権利」を保障することが「死刑と人権の関係」であるべきです。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2008年04月23日(水) 13時47分48秒

天国と地獄

テーマ:聖書
ブログネタ:死刑について考えてみる 参加中
本文はここから


あるとき、婦人会のメンバーが牧師の車に乗せてもらって出かけました。この牧師の運転、曲がってからウィンカーを出すような運転だったそうです。

たまりかねた一人が、「先生、私たち年も年だし死ぬのは別にかまわないですけど、もし事故で全員死んだ時にはちゃんと天国に連れてってくださいね」と言い出したそうです。

すると、その牧師。「皆さんだけ天国に行って、『牧師はどこ行ったのかね?』なんてなしですよ。」と切り替えしたそうです。

牧師なんて仕事をしていると、よく「死後の世界ってあるんでしょうか?」といった質問を受けます。死後の世界があるかどうかは、私たちそれぞれの生き方にも関わる重要なテーマです。この数年「千の風になって」という歌が流行っています。葬儀などでもよく流される定番になって来ました。「あの世」ではなく「この世」で「霊魂」ではなく、無機的な「風」として考えることがこれから「死」を迎えることをイメージした時に受け止めやすいのだろうと思います。

昔からよくイメージされるのは、「善人が行く『天国』」と「悪人が行く『地獄』」という考え方。しかし、聖書においては死後の世界は余りはっきりと書かれていません。私が思い出しうるのは、イエスの例え話で出てくる「天の国」という言葉。「“天の国”では」などと語られていますが、死後の世界である「天国」を指しているというよりは、「神の御心がなる国」=「すべての物事が理想的な世界」というイメージのもとに語られているように思え、死後に昇っていく死者の楽園が天国であるというイメージは聖書の中には殆ど出てきません。天国とはいったいどんなところなのかを聖書から確認するのはだいぶ無理があります。

つまり、「正直に言えば、死後の世界はあると信じてはいますが、それがどのような物なのかはわかりません」ということです。つまり、最終的には「ご想像にお任せします」ということなのです。

さてはて、この死後の世界、色々なことが言われていますが、整理すると以下のようになります。

1)善人と悪人は行くところが違う。

2)それでも大抵の人は天国に行けるらしい。

3)一緒に死ねば一緒のところに行ける。

4)迎えに来ることも可能。

5)宗教的なこだわりはないらしい。

6)みんなが地獄に行くべきだと思う人は地獄に行く。

7)自殺は地獄行きらしい。

8)死後天国に行くか、地獄に行くかは人間の側で判断できる。

本当にそうなんだろうか?と考えたくなりますね(^^;。

…なんとも、一般の無宗教を自認している人たちにとっては都合のいいような解釈になってしまいますが、それはそれで良いのです。それが信仰というものですから。でも、少し突き放して冷静に観察すると、こういう「死後の世界観」が現代の私たちの生き方にも関わってくるような気がしています。

ところで、私たち死後の世界があると信じている者にとっては、死刑というのは「あの世」(死後の世界)への島流しであるように思えます。私たちの世界では更生させようもない、存在させたくない人を死刑に処すわけですから…。さて、そうなると死んだ後の世界が一つなのか、複数なのかはとても微妙な問題です。複数あって別々のところに行くのが確定しているのだったら良いのですが、もし一つだとしたら、被害者のいるところに、加害者を送ることになってしまうのかもしれません。

そう考えると、どんな判決だろうとも、加害者が死ぬまでに更生させないとだめな気がするのです。そして、もし加害者が本当に更生した時、死刑自体いらない制度になるのかもしれません。膨大な労力を惜しんで更生をあきらめるか、最後まで人間の英知を結集して加害者の更生にトライするか。

さあ、みんなで考えましょう。人は必ず死ぬもの。その時、私達に何が起こるのか。考えられるのは、生きているうちです。死を考えることは生を考えることと繋がるのです。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008年04月22日(火) 15時01分13秒

聴くこと

テーマ:教育
木造に来てもう少しで一ヶ月を迎えようとしています。津軽弁も少しずつ耳に馴染んできたようです。
それでも、子供たちが話すのを聴くとなるとなかなか難しいです。

単語が一つ、ボソッと出てくる2、3歳児、自分の話したいことを話す3、4歳児、いろんなものに興味を示す4、5歳児…。それぞれ、話を理解しようとするのには経験が必要です。

息子などは未だに「アー」とか「ウー」とか「ウギャ」とかを使いこなして意思疎通をしています。

それを聴こうってんですから、気合もいるというもの…。彼が必死に訴えていることを聞き取るのは、親にとってもとても大変なことなのです。

それを、一言一言マメに聞き取って、会話にもっていくのが保育士の腕の見せ所。

ヒソヒソ話したり、大きな声だったり、ゆっくり話したり、はやく話したり、歌ってみたり、身振りをつけてみたりしながら、子供たちの話を引き出してゆきます。

こんなやり取りを見ていると、会話とは正に言葉のキャッチボールだと思えてきます。

「ウギャー」と身を捩じらせて喜んでいる息子とも、確実にお話が成り立っています。

「話しかけるこは、聴くことのはじめ」

そうして、子供たちは自分たちも話を聞くことを覚えるのでしょう。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008年04月21日(月) 12時35分57秒

桜咲く

テーマ:ブログ
昨日は礼拝の後、弘前城に桜を見に行ってきました。
さすがは全国に知れ渡るだけのことはあります。お城の周りはぐるり桜が満開です。

DCF_0134.JPG

城内はまだ、早い時期だからか日曜日にもかかわらず、ゆっくり見ることができました。

弘前桜


息子が一番気に入ったのは砂利道。

脇に座り込んでひたすら砂利いじりしてました。



それはそれで、彼には楽しかったようで…。

帰りは終始ご機嫌、遊びつかれたか、コトンと満足げに眠っちゃいました。

ちなみに、弘前城公園の桜の様子は、「弘前公園の桜祭り情報及び桜の弘前城写真集」で紹介されています。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2008年04月19日(土) 14時24分43秒

抱っこ~

テーマ:教育
保育の基本中の基本は、抱くこと。特に通い始めたばっかりの子供たちは、保育士に抱っこされてその不安や寂しさを乗り越えます。

「抱っこ~」と保育士にねだってきたらしめたものです。

そのうち、抱っこにオプションがついてきます。「高い高いして」とか「おんぶ」とか。

そして最後には保育士に飛びついたりよじ登ったりするようになります。

子供にとって抱っこはとっても大切です。まるで、抱っこをしてもらうことで大人から何かを分けてもらおうとしているようにも見えます。

シアーズ博士夫妻のベビーブック/ウイリアム シアーズ

¥3,570
Amazon.co.jp

この本には、バリ島での「大地の儀式」という慣習が紹介されています。引用すると、

「バリ島の赤ちゃんは生後6ヶ月間もの間、常に誰かに抱かれるかおぶわれるかして過ごします。母親か大家族の他のメンバーが一日中赤ちゃんと密着した状態になり、眠ったときだけ母親の隣りにおかれるのです。赤ちゃんは6ヶ月間、文字どおり地面に触れることなく過ごし、そこで儀式が行なわれて初めて地面に触れ、はい回ったり自由に動くことを学ぶのだそうです。」

保育士さんたちは抱っことおんぶのスペシャリストです。二人抱っこなんて当たり前。お昼寝で眠れない子もおんぶをされればたちまち眠っちゃいます。(^^)V

そして、子供たちは沢山抱っこしてもらって、ぬくもりを心の中にいっぱい蓄えて成長していきます。

それにしても、この本、面白いので再び紹介しました。日本人では見えない日本の育児のすばらしさ、アメリカの育児の意外なところが見えてとても勉強になります。是非ご一読あれ。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008年04月18日(金) 23時33分04秒

検食

テーマ:ブログ
DCF_0122.JPG

保育園の園長になったらお昼は毎日給食出ます。ですから妻も家計も大助かりです。

でも、これも検食という立派な仕事ですから、「今日はいりません」と言う訳にはいきません。

つまり、「検食」=「毒味」です。味、量、彩りなどを評価します。

ですから、子供たちが食べる前に検食をしなければいけません。今日は写真のカレーライス。ウチの給食はおいしいですよ。
ただ、量が私には足りません。でも、敢えて我慢しています。

お陰で少しずつ体重が落ちてきました。

ランキングに参加しています。お気に召しましたら、

↓クリックしてください。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。