2007年01月31日(水) 23時10分26秒

仕事ロンダリング

テーマ:ブログ
マネーロンダリングと言うのをよく聞きます。マフィアや暴力団が、麻薬や犯罪行為で稼いだ金を銀行預金や投資などを用いて、出所をくらまし、きれいな金にしてしまう事をいうのですが、日本語訳は資金洗浄と言うのだそうです。なんか、銭洗い弁天なんかを思い出してしまいます。

昔のドラマなどでは「汚い金」などと言うセリフを耳にしたものですが、最近そんな言葉もとんと聞かなくなりました。

むしろ、最近の風潮は、「汚かろうときれいだろうとあればいいのが金だ」との考えが主流です。

仕事も、「どんな内容か」ではなく、いくら稼げるかが問題とされています。「職業に貴賤なし」と言いますがそれはもはや死語なのかと暗澹たる思いになります。

「職業に貧富あり」が最近の実情ではないかと…。昔はお金がたくさんあったってできる事は限られていました。そうだからこそ、余剰金は人材育成や慈善事業などに用いられました。

今、「いくら稼いでも満足感が得られない」「金は多いほど良い」という飢餓感が蔓延しています。

知り合いの、カルト対策の仕事をボランティアでやってる先生が「こっちはボランティアでやってるけど、カルトに巻き上げられた金額が数百万とか聞くとさ、がっかりするよ」とぼやいていました。

果たして給料や財産で職業の貴賤や人の価値が決まる様な考えに、この日本はいつからなったのだろうかと、最近思わされる事が増えています。

怪しい事でも、仕事として給料を貰えばその金は真っ当なものとなるって、マネーロンダリングならぬワークロンダリング(仕事洗浄)なんじゃないかと…。

大人は子供達に仕事の一番大切なものを伝えなければなりません。でも、この10年程の間、それを伝える事を怠っていた様です。今からでも間に合います。仕事ってものをもう一度しっかりと見つめ、伝えていきましょう。
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2007年01月26日(金) 22時45分14秒

満員電車

テーマ:ブログ
最近、電車で出歩くことが多くなりました。通勤時間帯に乗る事も多く、殆んどはギュウギュウで立っています。以前にも、週に一度、片道二時間の学校に通勤したことがありますが、牧師館住まいという、殆んどは住み込み同然の仕事で、電車通勤なんて無縁ですから、新鮮です。

ほとんどの人が同一時間帯に移動するわけですから混むのは当然です。ですから座ろうなんて考えること自体がナンセンスです。目の前が空いたって座れないことが多いです。

同じ時間の同じ車両に乗っていると、座っている人はほぼ毎回座っています。電車の始発駅から乗っているのでしょう。「最寄駅が始発駅の人はいいなぁ」と思ったりします。

毎日座れる人がいる一方、私などはほとんど毎回立っているわけですが、「こんな状態ではたとえ具合いが悪くなっても、座れないだろうなぁ」などと考えるに至って人生も同じ様なものだと気が付きました。

私達が当然だと考えているほとんどのことは、自分の実力とは関係がないのです。たまたま、そういう状況に身をおいているだけに過ぎないのです。そういう事に縁のない状況に身を置かざるを得なければ、私達はどうしようもないのです。

病気、災害、失業、いろいろなことと縁遠い場所にたまたまいるだけなのですが、そのことが、とても羨ましいと思う状況にある人たちがたくさんいるのです。そんな人たちに、「運も実力の内」なんて嘘ぶくのはなんと罪深いことか…。

たまたま置かれた、私達が当然だと考えている状況にこそを、まず感謝して考えてみましょう。他人に少し優しくなれるはずです。
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2007年01月23日(火) 11時12分39秒

王冠と帽子

テーマ:埋もれた歴史
王冠とは権威の象徴です。君主制の時代、王冠は非常に重要な意味合いを持っていました。権威だけではなく財力の象徴でもありましたから重厚で豪華でした。同じように権威を示すものには、杖、指輪なんてものがあります。これをもって発せられた命令は王の命令と同格として扱われました。テレビどころか、写真もない時代、王の顔なんかほとんどの国民が知りませんから、こういうものを身に帯びているのが目印であったわけです。

博物館などではよく見る王冠ですが、現代の政治の世界では、ほとんど見掛けません。それは、権威を持つ人の顔写真、動画などが多くなったからです。独裁国家などでは、権力者の肖像画が街のいたるところに掲揚されているのをニュースでみる通りです。

裁判、政治、さらには宗教に至るまで全ての権威を示すものでしたから、王冠はその性格上、存在を誇示するものでなければなりませんでした。近代化の中で、王冠はその使命を終えました。


そして使われ始めたのが帽子です。良い帽子に求められる条件は、被っていることを忘れる様なものであること。そして現代では、政治家はその帽子さえ被りません。


以前、リーダーシップの本当の意味を教えられました。リーダーとは、簡単に言えば「良いまとめ役」です。周囲から認められたリーダーは周囲の多くの意見を聴き、まとめて、一団を率いていくのが真のリーダーシップです。強力な制度を背景に指導力を発揮する上意下達の軍隊式のスタイルは「ヘッドシップ」と言うそうで、民主主義とは相容れないものとされるそうです。

政治家とは本来、王権に対抗する存在でした。王冠と帽子の関係が正にその象徴です。政治家は良い帽子のようにある事が望ましいのです。空気の様に私たちの間にあって、私たちの間を満たす存在であるべきで、そういう働きを維持するために、政務調査費などが保障されていたのではないでしょうか?

私たちは選挙で君主を選んだのではないのです。自らを誇り、権威を求めては政治家はその本分を全うできる訳がありません。談合や汚職が後を絶たない理由は、そこにあります。

政治家が政治家であるためにも、私たち国民は一人一人が学び、行動し、主権を持つ国民として、人間らしく生きて行かねばなりません。他人を尊び、自らを律し、私たちを人間扱いしない思想や制度を許してはならないのです。

政治家の皆さん、私たち国民の支配者にならないで下さい。私たち国民の代表者として戻って来て下さい。私たち国民と対話して下さい。

これからの時代、世界に誇れる「美しい国」とは、そういう国なのですから。

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2007年01月19日(金) 11時08分33秒

美しい言葉

テーマ:教育
最近、息子は、朝、目が覚めると何やら喋ります。なんとも表現ができない音の塊ですが喋っていることは確かです。自分の息子だからと言うわけではないと思うのですが、聞いていると心が優しくなります。「さえずる」と表現がしている人がいますが、成程、ぴったり来る感じです。

「何語だろう?」なんて考えました。当然日本語ではありません。英語でもドイツ語でもありません。こういうのを「美しい言葉」と言うのかなと考えていて、フランス語を思い出しました。

自他共に世界で最も美しい言語だと認めているフランス語です。成程、フランス語に似てるかもと思っているときに、アメリカ出身の教会員さんが息子に話しかけているのを耳にして驚きました。彼女は英語で話しかけていたのですがそれが、息子の「さえずり」と同じ響きで聞こえました。ハッとしました。

そう言えば、妻が息子に話し掛けている時にも、同じ響きありました。多分、私が息子に話し掛けている時もそうなのでしょうし、そうであってほしいと思いました。

言葉の大元は「意味」ではなく「想い」だったのです。私達は「意味」のみを追い掛ける言葉の使い方をしているのではないでしょうか?

美辞麗句をいくら並べてもそこには真の美しさなんかあるわけはないのです。

赤ちゃんに話しかけてみませんか?赤ちゃんと喋ってみませんか?忘れていた「想い」を見つけられるはずです。
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2007年01月14日(日) 21時06分27秒

せっかく泣いたから

テーマ:教育
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最近、だいぶ知恵の付いてきた息子です。

抱け、立て、歩けと威張っています。抱いているときは機嫌がいいのですが6キロを超えるとさすがに抱き続けるのも辛いです。

…で、最近は「せっかく泣いたんだから」と、抱いていても泣いたときには考え方を切り替えました。

赤ん坊の場合、泣くのは仕事みたいなものですから、泣かさないように育てるって所詮無理です。そこで、抱いていても泣いたときには、自分の事をするチャンスと考え方を切り替えました。

いつ泣くかハラハラしながら面倒を見ていたのが、一挙に楽になりました。

よく考えてみれば、子供は成長の過程で、何回も小さな反抗期を繰り返しているわけで、そういうやりとりが大切なんでしょう。

そこで自分に立ちかえって考えてみると、生きることもそのようなものだと思いました。

誰だって「抱かれ」るのを、嫌になるときもあれば「抱かれ」たい時だってあるわけですし、ついているとき、ついていないときだってあるわきです。

それを認めるか否かでだいぶ生き方って変わって来るような気がします。

天真爛漫に生きている赤ん坊を受け止める度量は、自分自身の生き方にも関わります。

「何で?」と問うのは大切ですが、現状を受け入れたくないために、理由を考えているだけに終始してしまえば「下手な考え休むに似たり」なってしまいます。

現実を前向きに受け入れることは生き方の方向性を左右する大切な問題です。
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2007年01月08日(月) 22時01分55秒

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

テーマ:ブログ
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
元旦礼拝を終えて帰省してました。六ヶ月の息子にとってはかなりの長旅でした。でも元気元気。私たち夫婦の場合、どちらも仙台出身なので帰省の時には、それぞれの実家に別れ別れです。(^_^;)息子は妻と一緒でした。

さて、仙台は豪華な景品の初売りが有名です。仙台を出るまでは、初売りというのは、どこでも豪華な景品が付くんだと思い込んでいましたから、京都で正月を過ごしたときにはとてもがっかりしたのを覚えています。この仙台の初売り、私の帰省の楽しみでもあります。今年はスタッドレスタイヤを買いました。プライスカードから3000円引いての初売り価格でしたが更に一割の商品券がついてきました。さてこの初売り、毎年ちょっとした騒があります。初売りをいつからはじめるかということでもめるのです。

仙台の初売りは伝統行事という事で、特例として景品法の縛りを受けずに行われていますが、さて、その初売りの期間と地域が問題だという訳です。で、結局近年落ち着いているのは、地域は旧仙台藩領内で了解済みですが、いつから売り始めるかというのがもめる種でした。もっとも、伝統的に元旦は全ての店が休み、2日から行われていたようですが、年中無休24時間営業の大型ショッピングモールなどができると、「元旦から営業したい」という事になったりする訳です。折衷案として「元旦は通常営業、初売りは2日に実施」ってな塩梅になったと聞いています。

それにしても、仙台の初売りもだいぶ様変わりしました。この数年、福袋を買っても中身は不良在庫処分といった感じものもが多く、景品なんかもそんな塩梅のお店が増える一方、買う方も値引きの方に魅力を感じるようになってきているように思います。私たちの生活そのものが、モノであふれ、モノが余っているのでしょうね。そして、何よりも「仙台商人」を自負する土着の店が一つ、また一つと減って行く中で、この初売りもいつまで続いて行くのでしょうか?私たちの生活がこの2、30年で大きく変わった事だけは確かなようです。

先日、「美しい国」作りのアイデアを国民から募集するプロジェクトが報じられていました。「首相がイメージする『美しい国』に、具体的なイメージがわかないとの指摘も多く、コンクールなどを通じて国民から直接アイデアを募ろうという試み」(読売新聞2006年12月31日付)だそうですが、さて、いかなる事になるのやら。「首相がイメージしていないから、アイディアを募ろうというのの間違いじゃないか」とも思うのですが、それにしても、「懐古趣味」が「美しい国」の正体のようにしか見えないその中で、果たして「伝統文化」を守ろうとしたってうまく行くわけがありません。

「今年はイノシシ年。イノシシにあやかって、猪突猛進で『美しい国』に向かって進んで行きたい」なんて事を年頭の記者会見で安部総理は言っておられましたが…。本当の意味で、何が「国の美しさ」なのかを問いながら歩んで行きたいなあと、そんな感じがする正月でした。

何はともあれ、今年もどうぞよろしくお願いします。m(_ _ )m

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