2005年12月27日(火) 23時37分12秒

クリスマスおめでとうございます。

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今年のクリスマスは、とてもハードなものでした。23日子供クリスマス、24日キャンドルライトサービス、25日クリスマス礼拝。三連続でクリスマス、やっと終わりまして、昨日、今日はちょっとのんびりしました。さすがに昨日は、妻も私も緊張が解けたからか、グロッキーでした。

そんなこんなで、クリスマス前にいくつかブログものせようかと思ったのですが、それも今日にずれ込んでしまいました(ーー;

クリスマスと言えば、最近ではキリスト教色抜きのクリスマスが盛んですね。先日、近所のショッピングモールに買い出しに行ってビックリしたのがこのクリスマスツリー。
イオンツリー
何と、クリスマスツリーに、サンタクロースの形をした短冊が沢山ぶら下がっています。「彼とうまくいきますように」、「来年も元気に暮らせますように」など、まるで七夕の笹飾りのようです。これって、本当に日本的だと思いました。

さて、では、私達の教会の飾りはどうだったかと申しますと、こんな感じでした。
礼拝堂
左側は、直径が1,5メートる程あるリースが飾られています。これは、数年前のクリスマス後に売れ残りを買って来たもので、オーナメントは母が作ったものです。下はその写真です。
リース

そのオーナメントの中に、こんなものがあります。
オーナメント
なんだか解ります?箒です。このオーナメントを買って来た母の話によると、幸せを書き集める箒なのだとか…。上下反対にすると、日本の縁起物の熊手みたいなものでしょうか?そう言えば、クリスマスツリーも変ですよね。樅の木になぜかリンゴなんかぶら下がっていたりしますし…。

洋の東西は違えども、宗教と言うのは、実際にはそう言うものなのかも知れません。健康や商売繁昌、幸せを願う心があってはじめて宗教心と言うのはうまれるのではないかと思うと、今の日本のクリスマスだって立派なクリスマスだという風にも思えて来ます。

以前、先輩牧師が「日本はキリスト教の認知度から言ったらキリスト教国と言う事もできるんだよ」とおっしゃっていた事を思い出しました。クリスマスがイエス・キリストの誕生日である事は日本人にとっては周知の事実です。よく、日本は仏教国だという風に言う人もいますが、その割に4月8日(花祭り)が仏陀の誕生日であることを知っている人は少ないでしょう。

日本人は宗教的に節操がないのだと言う人がいます。商売にのせられているだけだという風に言う人も多いです。でも、私はクリスチャンが潔癖すぎるのかも知れないと最近思うようになりました。教会であるが故に世間ほどあっけらかんと自由にクリスマスを祝えない現実があります。アメリカなどの日本(日系)人教会などでは、鏡餅なんかまで出るなんて話を聞いたこともあります。そうかと思えば、アメリカでは、宗教の自由という観点から、公共的な場所からクリスマスと言う言葉が消えはじめていると言う記事を新聞で読みました。

宗教の自由って、いったい何なんでしょうか?「どの宗教にも関わらない」のが「宗教の自由を守る」と言う事なのでしょうか?もし、そうだとすれば「宗教の自由=無宗教」ということになります。共産主義では「宗教は麻薬」みたいなことを言いましたが、宗教の自由そう言うことなのでしょうか?宗教の自由とは「どの宗教とも自由に付き合う」と言うものであってもいいのかも知れないと思うようになりました。

前任教会に勤めていた時に、その教会で結婚式がありました。受付に立ったのは新婦の弟さんと言う事でしたが、その姿に驚きました。その方は何と袈裟を着ておられました。つまりお坊さんだったんです。式の直前に親族がお見えになりましたが、新婦のお父様もお坊さん。新郎の御親族にもお坊さんがいるとかで、なんと、親族が集まってみれば尼さんもいまして、結局4名も袈裟を着た方が来ておられました。礼拝堂の中で挨拶する時にもしっかり合掌して御挨拶でした。最初はとても違和感がありましたが、そのうちになんと平和な光景かと思うようになりました。私はキリスト教の伝道を生業とするものです。しかし、キリスト教以外を認めないとか、キリスト教以外は全て滅ぶべきだなどと思った事はありません。私自身はクリスチャンです。神様の守りと導きを信じ、イエスの救いを信じます。しかし、そうでない人がいるのも当然のことでしょう。

「イエス様は誰のためにお生まれになったと思う?全ての人を救うためにこの世にお生まれになり、全ての人の罪を負って十字架にかかられたんだよ。お前が嫌いな人や、信仰の違う人、そしてヒットラーのためにもイエス様はお生まれになって、その罪をあがなってくださったんだからね」最初は納得いきませんでしたが、牧師となった今、母の言葉は真実であると思います。

天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカによる福音書2章10~11節)

クリスマスを喜ぶ人に平和がありますように、そして全ての人々の上に、神様の祝福が豊かにありますようにと祈ったクリスマスでした。

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2005年12月20日(火) 12時37分52秒

モラルハザード

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 建築偽装問題が、このところ話題を独占しています。そして、件の建築士以外の建築士も強度偽装を行っているかも知れないという問題まで浮上しています。それだけではありません。学校や塾などでは、教職員が生徒を手にかける犯罪、また、振り込め詐欺などといったものも後を絶ちません。親が子供を、子供が親を殺したりする事件も多く聞くようになりました。世の中には、正義というものがなくなってしまったかの様な論調を最近ではよく耳にします。そして、ついには「利益追従型企業」が悪いのだという結論に行き着いてしまったり、道徳や、倫理観の欠如や崩壊を嘆くことが、当たり前のようになっているように思います。そしてこのような事に数年前「モラルハザード」という言葉で表現されていたことは記憶にもあることです。

 ただ、実は調べてみると「モラルハザード」=「倫理の崩壊」と訳すのは、誤訳であるということが判りました。保険業界や経済界などで使われていたようで、本来の意味は、「危険回避のため手段や仕組みを整備することにより、かえって人々の注意が散漫になり、危険や自己の発生確率が高まって規律が失われること」を指す言葉だそうです。例えば、「生命保険に入ったことで、本来気をつけなければいけない健康管理がおろそかになってしまう状態」などがこれに当たるわけです。

 人間は、過去に学ぶ生き物であるということが言えると思います。過去の様々な事例を検証し、それが再び起こらないように、その被害を再び被ることがないように仕組みを整えていこうとします。様々な悲惨な事件や事故が相次ぐ現在でもこの動きは、顕著です。子供たちが犯罪の対象になれば、公園の植え込みを低く刈り込み、大人たちが通学路の監視などを始める。情報流出が問題になれば、それに対して、厳しい法律で対処する。このような動きで何とか犯罪や事故を抑止しようと努力するのが人間の世界の歩みです。
 
しかし、その一方で、このやり方は対処療法であることを忘れては行けません。もし、その様な状態で安心しているとすれば、真の意味で私たちの国は、「モラルハザード」の状態であると言えます。

 現代の日本では、そこここで「金がすべて」という状況になっているように見受けます。金を払えば殆どのことができますし、金がなければ何もできない時代が始まろうとしていることに私は危機感を抱きます。お金とは私たちの生活に不可欠なものです。現代に於いては誰だって自給自足なんぞできないわけですから、その中で少しでも将来想定できる危機に対する備えとしてお金を稼ぎ、貯めていくことが究極の危機回避策であると教えられてきました。しかし、その一方で、隣人すら出し抜き、また隣人の存在を鬱陶しいとまで思うような人々が増えてきていることも事実です。もし「モラルハザード」と言う言葉を本当の意味であの時に使っていた人がいるその中で、私たちはモラルハザード=「倫理の崩壊」と受け入れていたとすれば、内容が違ってきます。 

 人は本来群れで生きるものです。「規律の中にある危険」、「仕組みの中での問題」は私たちが群れで生きるとき、必ず問題になるのです。そしてその「モラルハザード」に対して敢然と立ち向かったのがイエス様でした。「暗闇に光が生まれる」とは「律法社会に生まれた愛」ということができます。

 私たち人間には、「規律」、「組織」は欠かせません。しかし、何よりも欠かせないのは、人々の間にある愛なのです。

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2005年12月14日(水) 23時21分38秒

牧師のクリスマス

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なかなか色々な事があって、ブログの更新もままならないままになってしまっています。楽しみにして下さっている人には、申し訳ありませんが、もう少し、時間がかかりそうです。でも、今日は、せっかくパソコンに向かったのだから、書いてみようかと思います。

この時期に教会に行くとどこの教会でもアドベントクランツというものが、祭壇などに飾られていきます。クリスマスの前の日曜日から数えて、四週前からクリスマスまでの間をアドベント…待降節と呼び、イエスの降誕を待ちわびる時期とします。その間の四回の日曜日毎に蝋燭を一本ずつ増やしてともしていきます。

例年、クリスマス(12月25日)は、平日である事が多く、そのため、クリスマスの礼拝は、その直前の日曜日に行うのが通例になっています。日本では、クリスマスは休日でもないので、仕事を持っている人達にとっては、クリスマスに礼拝をやるからと言われても出る事ができませんので、25日の直前の日曜日が、クリスマスを祝う礼拝となるわけです。で、普通ですと四本目の蝋燭に火がつきますとクリスマスと言う事になります。ただ、今回の場合には、25日が日曜日ですので、四本蝋燭がついてもまだクリスマスではありません。実はクリスマスは五本目の蝋燭に火がつけられる日なわけです。

以前にも書きましたが、昔は一日の終わりを日没と設定しておりましたので、イエスが産まれたのは、24日の日没以降25日の日没までがイエスの誕生日として理解されていました。ですから、クリスマスのお祝いは、クリスマスイブになされるのが日本でも一般的なわけです。で、教会でもイブ礼拝はそれぞれに趣向をこらした礼拝を行っている所がほとんどです。

今年の日程は?と考えてみると、当教会の場合、24日の夜にイブ礼拝、25日にクリスマス礼拝と言う事になります。土曜の夜9時頃までイブ礼拝を行って、家に帰り、次の朝10時30分よりまたクリスマス礼拝です。「ひゃ~!!これは忙しい!!」世間では、「クリスマスイブは最愛の人と二人きりの時を過ごす」なんてのが常識になっていますが、教会では、そんな事は全くあり得ません。みんな教会に集まり、「クリスマスおめでとう!!」と挨拶しあい、一緒に楽しい時を過ごすのがクリスマスです。

サンタクロースが駆け巡り、恋人たちが高級レストランで「君の瞳に乾杯」とかいってグラスをチンとならすのがクリスマスなんじゃあないのになあ、と声を大にしながらも、嫁さんとそう言うクリスマスを迎える事は牧師である限り、クリスチャンである限りあり得ない事にちょっと嫉妬をしながら、それでもクリスマスを楽しみにしている今日この頃です。

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2005年12月09日(金) 22時20分00秒

サンタクロース

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サンタクロースがやってきます。

みんなよく知っているでしょう?

トナカイが引くソリに乗ってサンタクロースがやってきます。

偽物のサンタクロースはあっちこっちでたくさん見かけるのに、

本物のサンタクロースにはなかなか会えません。

お父さん、お母さんは、会ったことがあるかな?

恥ずかしがりやなのか、それとも、忙しいのか…

でも、みんなの家にもサンタクロースはやってきます。

煙突もないのに、鍵がかかっているのにやってきます。

見たこともない、会ったこともない人が置いていく

枕元のプレゼント。

「あれ?どこかで見たことがあるな。」

サンタクロースは、どこで買い物するのだろう?

どうして、みんなのことを知っているのだろう?

声も聞いたことがない、触ったこともない人だけど、

サンタクロースはみんなのことを、

一人一人のことをとってもよく知っています。

サンタクロースが私達にくれるものは、

プレゼントではなくて「おもいやり」なのです。

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