健康に勝る物はありません。心も体もです。
病気の無い体の健康、総理大臣に牙を向けるような心の病の無い健康。経済的な健康。健康が一番です。まぁ、そういう状況に無い方々もたくさんいます。
最近、痴呆の親を抱え経済破綻するようなニュースが多く見られます。そういう国民が少なくありません。家族のために自分の暮らしが破綻するような国ではいけません。税金をもっといただいて、生活が破綻しないような国作りが必要です。
自分は頑張っているんだから税金を多く取られるようでは困るとか、頑張っている人には恩恵をって言ってるうちは国は良くなりません。自分だけが良いではいけません。出来るだけ均一に近い国民生活環境を目指すべきと思います。俺は頭がいいからたくさん給料をもらって良い生活をしたいでは、自分勝手過ぎると思います。自分がそういう状況に陥ったとき、国からの支援があったとき、どれだけ有り難みがあると感じられるか。法律、法律でがんじがらめになって「国民の財産と生命を守る」基本的な法律が足かせとなってしまいます。
日本全国、地方自治選挙が正に慌ただしく行われている昨今「国民の財産と生命を守る」議員が多く当選されることを切に願います。市議会議員は町内会長さんではないですからねぇ。病院を残したいのは誰でもそうですが、涙をのんで診療所にしなければならない行政のジレンマもあります。それを手玉にとって有権者の気持ちを今こそ手中にし、首長となろうなんて輩も出てきます。
「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」。成ることと成らないこともあります。絶対なければならないということと、何とか我慢できる事があります。そういう輩の口車で市井の市民に行政や国が足元をすくわれることもあります。で、分裂。「権利と義務」。
行政を変えるのではなく、変わっていかなければならないのです。
変える変えると連呼する新人はもっと勉強して、ここをこう変える、こうすることによって、こういう効果があると説明しなければいけません。旧態依然なら誰でも安泰で過ごしやすいです。市民・国民は我慢をしなければいけないこともあるし、行政に頼らなければならないこともあります。そこをお互いに、我慢したり助けてあげたり柔軟な対応が、法律を超えた「国民の財産と生命を守る」手腕が問われるところなのではないかと強く思います。
言い過ぎた。