南座顔見世、夜の部は千秋楽も観劇。
仁左衛門丈の『義経千本桜』いがみの権太が絶品。本当に素晴らしい。権太の見得を見るために花道横の座席をお願いした。
仁左衛門丈が権太を初演なさったのは、15年ほど前の四国のこんぴら歌舞伎だったか。あれ以来、松嶋屋さんのすべての権太を拝見したが、今回はさらに素晴らしいものだった。
まずは「木の実」の上演が嬉しい。やはり「木の実」から上演しないと「すし屋」の良さが半減すると思う。
権太がどうしようもない悪さをしているのを、女房の小せんが見つけて茶店の陰で見ている――その表情だけで、もともと遊女でいまは懸命に働く小せんの人となりをすべて表現する秀太郎丈はやっぱりすごい。息子が権太に一緒に帰ろうとせがんで、権太が小せんに「後ろから見るとみずみずしいなあ」と言うところで、その後女房・息子が身代わりになることを思うと、ぼろぼろ涙が溢れてくる。ああ、「木の実」は味わいぶかいお芝居だとしみじみ思う。御台が孝太郎丈、小金吾が千之助丈で、三代共演の楽しさ。
「小金吾討死」は、映画史・演劇史の教科書的には、1920年代に映画の立ち回りから歌舞伎に逆輸入して新振付しましたという場面。
「すし屋」はつくづくいい脚本だと思う。三大狂言のなかで千本桜が一番好き。やはり義太夫狂言は上方の俳優さんがなさるとぐっと濃さが増す。音(おん)の一つ一つに大阪の情が宿る。今回は花道わきで見たので、権太が御台・若君の身代わりとして
小せんと息子を連れてくるとき、「手柄」を立てて堂々と歩きながらも目の奥にぐっと涙をためているのを見て、それ以降は終わりまで涙を流し続けた。「そのお二方と見えたはな」の台詞を「母者人・・」と母親にもかけるのは、仁左衛門さん独自の解釈かと思う。あの一言で、お母さんにも褒めてほしかったという息子の心がよくわかる。その後は、「俺が女房~」のところは以前までと違って文楽に忠実な印象を受けた。仁左衛門丈の演技は毎回更新されていて、見るたびに深い感銘を受ける。左団次丈の弥左衛門に竹三郎丈の代役の上村吉弥丈の夫婦も素晴らしかった。(そういえば、歌舞伎座での坂東吉弥さんの最後の弥左衛門を思い出した。死んでいく息子に向かって、絶叫しておられたのが忘れられない。)
ああ、結構なお芝居でした。
幕間にロビーで先斗町の亜弥さん、長竹のお母さんにばったり。千秋楽なのでいろんな人に会った。