薫的名言シリーズその8(中島敦) | レンタル彼氏PREMIUM「小野寺薫」オフィシャルブログ

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僕は小学校2年生から中学校3年生まで剣道をやっていました。けれども、実際は特段剣道が好きという訳でもなく、むしろ嫌いな方でした。

本当は当時の僕は野球がやりたかった。けれど、気がついた時にはバッドではなく、竹刀を振ることになっていたのです。

実は既に兄2人が剣道をやっていたこともあり、剣道部の顧問は僕の事を知っていました。だからそうなれば、僕も稽古に誘われるのは当然と言えば当然の流れで…。

とても怖い先生だったので断るに断れず(今の時代ならほぼパワハラに値する勧誘でした)、いつの間にか僕も剣の道を歩むことになったというわけです。

心の底から練習が嫌いで、軽い頭痛で稽古を休むのが常(怪我をしたり具合が悪い時はむしろ幸福)でした。だから何度も辞めようと思いましたが、結局高校に入るまでは続けました。

どうして僕はそんな苦行を続けていたんだろう、と今でもよく考えるのですが、はっきりとした答えには未だに辿り着いていません。

理由も分からずに押し付けられたらものをおとなしく受け取って、理由も分からずに生きてゆくのが、我々生きもののさだめだ。」(中島敦『山月記』)

きっと皆さんも一度は教科書で読んだ記憶があるでしょう、「男が虎になる話」として有名な山月記の一節です。

剣道という道を押し付けられて、それに抗うこともなく、かといってそれを続ける理由も分からず、それでいて辞める理由も分からず、ただがむしゃらに生きた7年間。

今となれば良い思い出ですが、その時間をもっと有意義に使いたかったというのも正直な気持ちです。

けれどそういう「よく分からないもの」が、案外人間にとって重要な役割を果たすファクターなのかもしれないなと、この文章を読む度に考えさせられます。

今度時間がある時、剣道をやっていたことが今の自分にどう影響を及ぼしているか、ゆっくり文章にしてみたいと思います。

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