薫的名文シリーズその2(恩田陸) | レンタル彼氏PREMIUM「小野寺薫」オフィシャルブログ

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こんにちは。今日は久しぶりの曇り空です。こういう日は部屋に籠もって、淹れたての珈琲を飲みながら本を読むのが僕の定番です。皆さんはどうお過ごしですか。

今回は「薫的名文シリーズ」の第2弾。ご紹介するのは直木賞&本屋大賞のダブル受賞を果たした『蜜蜂と遠雷』の作者、恩田陸さんの名文です。

恩田さんの作品を初めて読んだ時、
「これは自分には書けない」
と衝撃を受けたのを覚えています。

人生で一度は小説を書いてみたいと何度も思うものの、恩田さんの作品を読み終える度にいつも圧倒的な無力感に襲われてしまいます。それぐらい濃密な世界を描けるのが恩田さんの特徴です。

今日ご紹介するのは、『木洩れ日に泳ぐ魚』という作品の一節です。


「子供の頃は、いつもブランコに乗る順番を待っていた。けれど今はブランコのほうが誰かが来るのをずっと待っている。大人になるということは、ブランコの順番が必要でなくなるということなのだ。」(恩田陸『木洩れ日に泳ぐ魚』)


「大人びた」「大人気ない」「大人しい」など、大人と名の付く言葉は沢山ある。けれど、じゃあ大人になるってどういうことだろうか。

これはそんな事を考えていた頃に偶然出会った文章です。

子どもの頃は基本的には誰もが自己中心的で、他人の都合などはお構いなし。もしそこにブランコがあったなら、そこには明確なルール(順番を待つ、ジャンケン)がないと子どもの世界の秩序は乱れてしまう。

けれど、やがて学校では「大人」の先生に「相手の気持ちを考えましょう」と教えられることになります。

そして、気がつけば僕らはルールが無くても、ブランコくらいであれば他人と揉める事無く共有することができるようになる。「お先にどうぞ」と。

大人になるということは、ルールが少なくても他人と上手く生活できるようになることなのかもしれないですね。

そして、その代わりの役目を担っているのが「思いやり」であり「言葉」だと思います。本は、そんな2つの力を養うことができる素晴らしいツールです。

このブログを通して本を読む方が少しでも増えてくれると嬉しいです。同時に、世界が思いやりと素敵な言葉で満ち溢れたものになれば良いなと願う今日この頃です。




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