女王様の手紙を受け取った公爵夫人の役の子は、アリス役の女の子に赤ちゃんを渡して家を出て行った。
キッチンの料理番の役の子は、大きな鍋の中をかき回しながら、相変わらずキッチン周りの雑貨の小道具を投げ飛ばしていた。
「ここにいたら、わたしも赤ちゃんも大けがをしてしまうわ。」
アリス役の女の子は、赤ちゃんを抱いて家の外に出た。
そこで一度、舞台の照明が落ち、再び明るくなると場面が変わっていて、森の中のような背景の前でアリス役の女の子は赤ちゃんを抱いて立っていた。
「・・・まったく、この世界はヒドいわ。こんな小さな赤ちゃんをみんな放っておいたままにするなんて!」
アリス役の女の子がそう言った時、腕の中の赤ちゃんの人形は子豚に変わった。
「まあ!」 とアリス役の女の子か驚いて子豚を手放すと、その子豚は舞台袖から紐で引っ張られて、舞台の上手へと消えていった。
アリス役の女の子が頭を傾げて子豚が消えていった方をしばらく見ていると、舞台の下手から黒タイツをはいたチェシャーねこ役の子が現れた。
チェシャーねこに気づいたアリス役の女の子は、「この世界は、みんな狂っているわね。赤ちゃんを置き去りにしても全く気にしないでいるなんて。」 と言った。
Van Gogh - Weizenfeld hinter dem Hospital Saint-Paul
フィンセント・ファン・ゴッホ 作成: 1889(Wikipediaより)
「この世界が狂っていると言うのかい? それは、誰かの助けがいる赤ちゃんを放置したからかい?
食事番は職務に専念していたから気づかなかったのかもしれなかったし、公爵夫人については、君が出かける内容の手紙を渡すよう、カエルの召使いに促したからじゃないか。
さらに公爵夫人は、君が赤ちゃんを見ていてくれていると思っている・・・。
これのどこの部分が狂っているというのさ?」
とチェシャーねこ役の子は、ニヤニヤしたねこのお面を揺らして言った。
「確かにそう言われてみればそうだけど・・・。そもそも、この世界はマトモじゃないわ。狂っている!」
「"狂っている" ってどういうことさ? みんなは自分こそがマトモだと思っていて、ちょっとでも自分と見方が違うヤツがいれば、そいつは頭がおかしいヤツとしているだけじゃないか。
みんなに狂っていると思われたくないから、全然関心のないことでも関心のあるようなフリをする・・・。
正反対な意見を持っていても、それを言わずに賛成に加担したりする・・・。
全く違うと思っていながら、そうだ、そうだと話を合わせたりする・・・。
そっちの方が狂っていないか?
そんなことに比べたら、自分に正直に生きている、この世界のやつらの方がマトモじゃないのか?」
「・・・それじゃあ、あたしの、"狂っている" という意見だって、正直な意見だわ。その理屈からいえば、わたしだってマトモでしょう?」
「確かにお前の言う通りだ・・・。この世界は広いからなぁ・・・。いろいろな人がいて、いろいろな可能性になる・・・。」
とチェシャーねこ役の子は言って、相変わらずニヤニヤした顔のお面を揺らしていた。