台風の影響がでて電車のダイヤが乱れ、帰りの駅構内はかなり混雑していた。

 

トキムネのお父さんは、合格証が届いたというトキムネのお母さんからの連絡を受けていたので、何か美味いものでも買って帰ろうと思っていたけど、帰るのさえ困難な気がしていた。

 

トキムネのお父さんは、どうにか電車に乗り、どうにか自宅からいちばん近い駅までたどり着いた。

そして、"駅前で買い物をしようと思うけど、何か欲しいものあるか" と、お母さんにメールした。

 

"今日は無理して買い物する必要ないから、早く無事に帰ってくれればいいよ" と、すぐにお母さんから返事がきた。

 

そうは言っても何か持って帰りたいと思ったトキムネのお父さんは、パン屋さんがまだ開いていることに気づいて店内に入った。

 

「いらっしゃいませ。」

閉店作業で忙しそうな店員さんの声が店の奥から聞こえた。

 

閉店間際で商品はいちばん目立つ中央に寄せられていて、売れ残らないように小さな小袋にまとめられ値引きされていた。

 

その小袋の脇に置かれた編みバスケットの中に、バタールが3本残されていた。

トキムネのお父さんは迷わずそのバタール3本をトングでトレーにのせて、レジに直行した。

 

ビニール袋を余分に使い、バタールが雨にぬれないようにしてくれた店員さんにお礼を言って、トキムネのお父さんは家に向かい暴風雨の中を歩いて行った。

 

Van Gogh - Stillleben mit Gebäck
フィンセント・ファン・ゴッホ 作成: 1886年12月31日(Wikipediaより)

 

 

 トキムネのお父さんは、何とか家について玄関を開けると、トキムネが合格証を持って玄関まで走ってやってきた。

 

「おお! すごい。よくやったな。トキ。ほら。これみんなで食べよう。」

トキムネのお父さんは、雨でぬれたビニール袋を取り外して中のバタール3本の入った紙袋をトキムネに渡した。

 

トキムネはそれを受け取ると、紙袋に鼻を押しやって深く匂いをかぎにっこりしたあと、くるりと反転してダイニングのほうへ走って行った。

 

これは、ちょっとした瞬間だけど、死ぬまで脳内に残る映像だろうとトキムネのお父さんは思った。

 

そして、急いでぬれた服を着替えてダイニングに行くと、すでにトキムネの好きなハンバーグや山盛りのフライドポテトが出来上がっていて、食べやすいように切られたバタールも真ん中に置かれていた。

 

「"オレたちよくがんばったね会" の準備ができているみたいだね。」

とトキムネのお父さんは言ってテーブルに座った。

 

「"トキちゃん、合格おめでとう会" の準備だよ。まあ、とりあえずよかった。」

とトキムネのお母さんは、冷蔵庫から缶ビールを取り出してお父さんに渡した。

 

「これからは、保証人とかの書類を集めるのが大変そうだね。」

とトキムネのお母さんは、送られてきた封筒をお父さんに渡した。

 

その時トキムネは、バタールの匂いを嗅ぎながらバターをつけてむしゃむしゃ食べていた。