二件目の弁護士の見解通りの動きが理想ではあるが現実的ではないので、司法書士と社会福祉協議会に相談しながら、最終的にはそれに近い形に出来ればと考え用意しようとしていた矢先の出来事だった

 

火曜日

会社から帰ると妻が、夕方弟から電話があったことを話した

その日の昼間、実家に引っ越し屋が来て弟の荷物の見積もりを取ったらしい

次の日曜日に引っ越しが決まったので、洗濯機と掃除機を買わなければいけないと言ったそうだ

またもやA事業所からは何の連絡もなく話が進められている事に怒りを通り越して厭きれるしかなかった

仕方ないので次の土曜日に弟を連れて家電量販店へ行くことにした

弟は「A事業所の責任者が今日は忙しいから、明日の夜兄ちゃんへ電話するって言った」とも話したそうだ

 

水曜日

待てど暮らせどA事業所の責任者から電話は無かった

 

木曜日

夕方また弟から妻に電話があった

「責任者から電話あった?」と弟が訊くので「なかったよ。」と妻は答えたそうだ

すると弟は突然

「日曜日の引っ越しはなくなったって。もうワケがわからないから、A事業所はやめる。」

妻が「急にどうしたの?」と訊ねると

「Aの責任者は『忙しい忙しい』って言うばかりで兄ちゃんにも話をしてくれないしワケがわからなくなった。もう嫌になったからAをやめてD事業所にする。」

と話したそうだ

 

帰宅後そう報告を受けた私は、弟に電話して気持ちを確認

意思は変わらない

次の月曜日に弟は一人でD事業所へ話しに行くと言う

本人がA事業所から離れると言うのだからちょうど良いと思った

機転を利かせた妻が

「じゃあ、私が明日D事業所に電話して事情を話しておこうか?」と言ってくれた

弟は「そうしてくれたら助かる。」と答えた

 

金曜日

妻はD事業所へ電話して事情を説明し月曜日に弟が行く事を伝えると、妻も一緒に来て欲しいと言われたそうだ

妻はここの所いつも以上に体調が悪い様子だが行ってくれると言う

 

 

そして月曜日

仕事が一段落した所だったので珍しく有休が取れた

妻と一緒にD事業所へ行くと、何故かジジイが弟を連れて来た

 

弟は開口一番「自分は何も言ってない。A事業所のままだ。」

 

いきなり何を言い出すんだ!?

あれ程確認したのにどういうことだ!?

 

弟は更に「お前らはオレの面倒をみると言ったけど何もしてくれてない!」

と、私と妻に向かって怒鳴ったのだ

 

弟が私と妻に怒鳴るのは初めての事だ

しかし顔は横を向いたままで目を合わせようとしない

怒鳴り終わるとすぐに部屋から出ようとする弟

 

私はとりあえず弟とジジイを離さなければと思い「ちょっと来い。廊下で話そう。」と言ってジジイを部屋から連れ出そうとした

弟の事は妻に任せられると思ったからだ

 

思った通り、弟に怒鳴られた直後なのに妻は冷静だった

困惑しているD事業所の担当さんの前で

「まだ話は終わってないよ。ここへ座りなさい。」と妻が言うと、弟は素直に従い大人しく座った

 

こいつは本当にバカだ!

 

いない方が良いのに部屋を出ようとしていたジジイも座った


D事業所の人に迷惑をかけているので仕方ない

とりあえず私も座り、担当者の質問を受け先週の弟とのやり取りを妻が説明してくれた

 

するとジジイは何を思ったのか口を挟み

「お前らはA事業所にあれだけ世話になっておいて変われるわけないだろうが。何の連絡もないと言ったらしいがこれを見ろ。見にも来ないくせに。」

と言いながら差し出したのは、弟の所へ週に二回訪問して生活支援をしているヘルパーが書く単なる連絡帳

 

ジジイは何を言ってるんだ!?

私が連絡がないと怒っているのは連絡帳ごときの話ではない

 

勝手に社協へ通帳を預けるサービスを申し込み

勝手にアパートの入居を決めさせ

勝手に娘へ不動産贈与をさせた

 

この大きな三つの出来事に対して怒っているのに、ジジイは完全に論点がずれている

しかも事業所の変更は本人や保護者(つまりこの場合はA事業所と契約している私)によって何時でもできるのだ

実際に社協へ通帳を預けるサービスの担当者からも「他の事業所へ…」と言われていた


いつもの事ではあるが、弟同様ジジイもとことんバカだ!

もう厭きれるだけである

話を終えたらジジイは弟を連れて逃げるように帰って行った


私は妻と二人でD事業所の担当者に平謝り

大変ですねというような顔をされていた

 

その足で社協へも行き今回の事を伝え、それから市役所の福祉課へ行き障害福祉係で相談に乗ってもらっている保健師さんにも今回の出来事を報告

責任者である係長さんにも同席頂いたので、これまでの経緯を説明すると

「A事業所へ指導を入れましょう」

(この部署は介護サービス事業所の苦情申立を受ける立場でもある)

そう言われ一度は承諾したのだが、帰りの車内で考えた

 

今日は私が休めて一緒に行けたから良かったが、普段は妻が一人で家にいて私の代わりに各所に連絡を取ってくれている

私がいない昼間や、就寝中の夜間にA事業所が誰かを使って何かして来るのではないか?

考え過ぎではない

弟はA事業所と関わってから同じような知的障害者の友人が二人出来

電話でのやり取りを耳にした事があるのだが、かなり柄が悪い言葉使いで弟も最近そういう態度に変化していたのだ

56歳だがやはり頭の中は子どもだ

こうやってすぐ周囲に影響されたり騙されたりする

 

帰宅してすぐ、市役所へ連絡を入れその不安を伝えた

こちらの気持ちを察してもらい、福祉課の中で一旦留め置いてもらえる事になった

 

妻は一見平気そうな顔をしているが、私はジジイはもちろん、今回ばかりは弟の事も許せない!

ジジイかA事業所の責任者に言わされたのは確かだが、私へはともかく妻を怒鳴るとは何事か!

 

これまで自分も障害を抱えながら「おかあさんとの約束だから」と言って弟の事もあれこれ考え、各所に出向いて相談したり、

一昨年は大腸に穴が開き緊急手術となった弟の所へ、一番に駆け付けてくれたのは妻だ

 

手術をした病院から地元の病院へ転院する時も、私が休めなかったので電車とバスで迎えに行き、タクシーで弟を転院先の病院へ連れて行き手続きをしてくれたのも妻だ

 

甘い物ばかり飲んでいる弟に麦茶を作って毎日渡してくれたり、

退院後は食生活を気にして夕食宅配を手配してくれたり、

人工肛門を付けたまま自宅で生活するに辺り訪問看護師との連絡を取ってくれたり、

備品が無くなる時は注文してくれたり…

 

昨年の夏、人口肛門を外せるまでどれだけ面倒見てくれたと思っているのか!

 

毎週通院しながら体調が悪い時はほとんど横になっている状態の妻がそこまでしてくれたのは、「次男を頼むね」と毎日母から言われていたからなのに、究極のマザコンである弟にとって唯一の存在だった母までも裏切った事すらわかっていない!

 

これは知的障害の有る無しという問題ではない

知的障害があっても出来る範囲で考え行動し、頑張って働いたり、相手に感謝する事が出来る人は大勢いる

 

弟の場合、漢字もろくに読めないが、昭和の時代とは言え定時制高校を卒業しているのだ

つまり実際には健常者と障害者との境目辺りで障害者扱いされ甘えているだけの怠け者だ!

 

とにかくこのような事はもううんざりだ!

成年後見人になるのも嫌になった!

墓を建て納骨を済ませ、通帳を社協へ預けたら、ジジイとも弟とも縁を切る!

 

今年57になる弟を、次の誕生日で還暦を迎える私にはもう守れる気力を持ち続ける事が出来ない

特にこれ以上、体の弱い妻に負担をかけたくない

そうでなくてもこれまで健康な人でも嫌がるような事を、愚痴一つ言わずやってくれていたのだから

 

妻にそう告げたら「わかった…あなたがそう決めたのなら。」と答えた

「しかし、あんたは凄いな。普通の女ならあんな怒鳴られ方したらギャーッてなるぞ。」

「あまりにもバカバカしいから感情的になんかなれなかった。おかあさんには悪いけど…あなたが言うようにもう無理。」

 

母の事を思い出してはいつも泣いてくれる妻が、今回ばかりは涙を見せなかった

 

 

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続く