こんなに記事を書けなかったのは、はじめてです。
心配おかけしてるかもしれません。申し訳なく思います。
息子は元気です、私も大丈夫です。
本当に目まぐるしい時間、日々を過ごしております。
日付変わる頃、大坂から帰ってきました。愛知の被害者さんと二人で関西の被害者さんに会ってきました。
また色々あったことを書いてまいります。

母親と。
5月1日の街宣の日の夜中に母親が危篤であると大坂の妹から連絡もらいました。
街宣の日で息子は施設にお泊まりでしたのですぐに会いに車を走らせました。
母は意識もあり、こちらの言うことも理解してくれました。
息子のこともあり、施設に長く預けられない為に、大坂と愛知を何度か往き来しました。

そして入院から数日で息を引き取り永い眠りにつきました。
入院の数日前まで自力で歩いていた母親でした。老衰でした、85歳大往生。

私と弟は、祖父母に育てられ母親とは長く暮らせなかったですが、最後に伝えたい想いを伝えることができました。
できたらもっと親孝行したかったと思います。
私達の人生を狂わされていた。この犯罪によって。

母親のお墓のことや、ここ数年会えなくされていたことも工作によるものだったとわかりました。
改めて、悔しさと悲しさが込み上げます。この犯罪の卑劣さと、不条理なカラクリ、必ず終わらせて行けるように、母親に見守ってもらいながら諦めずに進めます。

人間の生きられる時間、ずっとは続かない限りがあります。

親族に優しさを。