確かに彼女だった。
私の右側を、急ぎ足に追い越して行ったのは。
通り過ぎざま、こちらを見て微笑みかけた顔は、忘れようにも忘れられない。
180cmの私より、ハイヒールの彼女は、優に5cmは高かった。腰からかかとにかけての、あの流れるようなラインは、20年経った今でもこの心臓が覚えている。
不整脈にも似た不規則な鼓動が、その女を、かつて愛した人のそれと判断した。
胸の痛みに耐えながら、その女の後をつけた。
彼女は、あるブティックの、一際大きなガラスのドアの前で立ち止まった。
私が尾行していたことを知っていたかのように、ゆっくりと振り向くと、静かに笑いながらドアの向こうへと消えていった。
「そんなはずは無い」
独りでに、言葉が口をついて出た。
バズッ…。
何か、表面は滑らかだが、とても冷たく重い物が、私の後頭部に降ってきた。
コンクリートの歩道に横たわり、流れ出す生暖かいものを胸元に感じながら、遠のく意識の中で、私はピンクのストライプが入った黒いハイヒールを見ていた。