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K-Takaのメモ置き場

K-Takaです。
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2014年3月23日。約5年間、SKE48として駆け抜けた1人のメンバーが今日を持ってSKE48を卒業する。

SKE48ファンとして、彼女を推しメンにしていた1人のファンとして、今日という日を複雑な感情で過ごしている。

3月21日。最後の個別握手会となったインテックス大阪での「未来とは?」個別握手会にて、彼女に私自身の最後の挨拶に行かせていただいた。

握手券1枚で伝えれることは私の想い全てには程遠いものだが、感謝の気持ちを最後に一言述べることができたことが自己満足でありながら嬉しいと思う。

残念ながら彼女の最後の全国握手会となった昨日、そして最後の劇場公演(TeamS 4th 「RESET」)となる今日は彼女に会うことはできないのだが、悔いはない。


握手を終え、レーン横を通り待機場所に戻る途中、非常に清々しい気持ちになった。

その時自分の気持ちが一段落ついたのだと思う。「あ、これも言いたかったな」とか「思ってたのと違うな」とかそういう感情は一切湧かなかった。ただただ直接できる最後の挨拶を終えて、すっきりした気分で気持ち良かった。もちろん伝えたいことを早口で話したのに丁寧に頷いて聞いてくれた向田さんには感謝である。


もうひとつ。これは握手をする前から考えていたことでもあるが、私は早く彼女に一般人として楽しい生活を味わってほしいなと。

向田さんにはこれから大学受験に向けもう一度駆け抜けなければならない道があるし(もちろん私にもだが)、なにより普通に恋をして欲しい。

SKEに入ったことには彼女の人見知りの性格を治したいという彼女らしい目標も知っているし、何より普通に過ごせば味わえない特別な日々を体験できただろうから、否定するつもりは一切無い。

ただSKEとしてこれだけ有名になった向田さんに皆と同じような恋が訪れるのか厚かましくも心配である。

不器用な私がもし同じ学校のクラスメートなら彼女を見る目は卒業したところでSKEの、アイドルの向田茉夏のままだ。

一般人となった彼女に対してアイドルという肩書きを付け足したレンズ越しに彼女を見てしまうだろう。

同じように私が今後奇跡的に街で向田さんを見つけたら声を掛けてしまうかもしれない。そのとき私は彼女がまだSKEの感覚で声を掛けると思う。彼女は一般人なのに。

推しとして正しい行動は見かけても「元気で過ごしているんだな」って遠くから見守ることなのかなと自分の中で今一応ながら結論を出した。

これから向田さんに近づく男の中にはそういう風に有名アイドルグループの元メンバーというレッテル目当てだったり、その肩書き越しに彼女を見る人も居ると思う。

でも向田さんには、しっかりと、向田茉夏自身を見てくれる人と結ばれてほしい。これが今一番の願いかもしれない。

向田茉夏推しとして願うことはもう総選挙とか、序列とか、選抜とかでは無くなった。

今私の願いは彼女に、彼女が最期の時を迎えた瞬間、幸せだったと感じることができる人生を送ってほしいということだけだ。

それを願うことが、向田茉夏推しを全うすることになると信じている。

彼女の5年間を最初から応援していたわけではない、彼女の足跡を見つけ追いかけ始めたのは比較的最近の事だ。

だからこそ私の中には、これほど卒業してからの幸せを強く願っているのかもしれない。


話は21日に戻るが、6部終了後彼女は私達の前に姿を現してくれた。

あの時彼女はマイクも拡声器も無しにきっと「ありがとうございました」と言ってくれたと思う。

きっとという表現を使うのは彼女のファンが生み出す「茉夏!」「ありがとう!」「お疲れ様!」の声援に掻き消されたからだ。口の動きを見て判断するしかなかった。

あの時ファンが近付ける限界の赤いテープの最前列のレーン前ど真ん中で私は見届けることができた。

彼女の深いお辞儀こそ、彼女の謙虚さの表れだと思った。

彼女のファンがその後「茉夏!茉夏!」とコールし、鳴り止まぬ拍手が自然に湧き上がったのは彼女がそれだけの心を動かすぐらいに全力で駆け抜けた証拠だと思った。

私も今、卒業するという事実を目の前に悲しみは隠せない。

それは彼女が全力で駆け抜けた分、私がそれに付いていったから。

だから彼女がSKEとしての時計を止めるとき、私は強烈な慣性によって揺れ動かされるのだ。


私の生きて100年、いや数十年かもしれない人生の中で、偶然にも48グループがあり、向田さんがグループに入り、偶然にも私が彼女の存在を見つけ、応援できたことは奇跡のようなものであり、それに感謝せねばならない。こうしてこんな感情を感じることができて、私は幸せ者だと思う。

彼女を推して良かったと思うし、彼女には大きな、大きな感謝の気持ちがある。

彼女が今日SKE48として、一人のアイドルとしての時計を止めた時、私の中で向田茉夏という存在は2つに分かれるだろう。

一つは時間が今日2014年3月23日で止まっている17歳の向田茉夏さん。

私の中の「アイドル」として。苦しい時の「支え」として。きっと、ずっと心の中に絶対的な存在として君臨する。

もう一つはこれから成長していく向田茉夏さん。

私が18歳になれば彼女も18歳に。20歳になれば20歳に。40歳になれば40歳に…

(正確には私より彼女の方が早く誕生日を迎えるが)

その姿は心の中で補完するしか無いが、共に成長し共に生きる同い年の存在として。

「俺達は絆の1996年組だ!」


今君に伝えたい 言葉を胸にしまったまま、

未来だけを、

前だけを向いて、進むって決めたんだ。

僕らの絆とともに。


彼女は昨日のスピーチで「こんな私に会いに来てくれて…」なんていう言葉を残した。

謙虚すぎる、実に彼女のSKEとしての歴史を表していると言える一言だった。

私にとって向田茉夏は十分なまでに元気を分け与えてくれる人物だった。

最後に私も後で彼女の最後の言葉を聞こうと思う。


向田茉夏さん。

最高の笑顔を、夢を、元気を、思い出を、愛をありがとう!

お元気で!

向田茉夏に、幸あれ!(°ー°夏)


2014年3月21日16時55分頃

彼女にとって最後のチャイムが劇場に鳴り響く。

そして17時

MIXの無いover tureが始まる。

色とりどりのサイリウム。

卒業企画の有志達が企画したサプライズ。

ファン皆の、そして向田茉夏の笑顔で劇場が満たされる。


彼女にとって最後の公演の幕が開ける。