別府駅に北高架商店街という場所があります。
当時、商店街の入口にカフェを開いていたMさんから声を掛けて頂いて、商店街をペインティングする事に、、。
当初、空き店舗の一部だけに描く予定だったのが、もう経緯も記憶も曖昧ですが商店街全体をペインティングする事になりました。
商店街は当時、なかなかのレトロ具合で老舗の居酒屋、喫茶店、美容室などありましたが、空き店舗もそこそこあり、ちょっと踏み入れるのにも勇気がいる雰囲気満々でした。
そこに新たに、カフェ、レコード屋さんと入り、新たに洋服屋さんが入る辺りで私の商店街での仕事も始まりました。
当時、一体全体何をやっているのか、何が始まるのか、何をしようとしているのか、青写真はほぼ誰にも把握されない中、私は遠くの灯台を頼りにするように長い長い仕事に取り掛かりました。
何せ、商店街の天井、壁面、トイレ、等々、ただただひたすら描いてゆくという作業
自分でも未知の領域で、不安も気合もやたらあったように思います。
自分としてはそんな、なかなか過酷な状況の中、商店街で一番古株のラーメン屋さんのおばちゃんとおじちゃんは、当初から本当に優しく声をかけてくれていました。
何せ想像を超える膨大な仕事量
しかも高架下とはいえ、屋外の仕事ですから、色々なハプニングの嵐(≧◇≦)
突然文句言われたり、怒鳴られたり、、逆にお賽銭頂いたり、缶コーヒーがさり気なく置かれていたり
とにかく日々目の前の仕事に集中することで精一杯で、当時を思い出すと周囲の事はあまり見えてなかった
なぁ~と感じます。
そんな私に、いつも明るく声をかけてくれ、暑い時期は冷たい飲み物やスイカを、寒い時期は焼き芋やお茶や果物を、さり気なく差し入れしてくれて、他愛もない天気や世の中の話しを少し立ち話して、笑い合う。
そんな些細な事が、自分にとってはどれだけの励みになったかを表現するのは難しい
でも、まるで高架下の一部のようにそこに居てくれるのが当たり前に思えるくらいのラーメン屋さんのおばちゃん、、、
昨日、
訃報をふいに聞きました。
いつも、、
感謝の気持ちを人にきちんと伝えておけば良かった、、と思うのと同時に、静かにありがとうを何度も心の中でくりかえし、旅立ちの平和な見送りを思う事で、身魂にもそっと心寄りそえるようになってきたかな~ なってたら良いなぁ~
ねぇおばちゃん
一昨年くらいに、半年以上かけて描いた商店街の絵が耐震工事の為消されることになった時。
おばちゃんが私を見かけて、声をかけてくれました。
『もったいないな~
本当にもったいない』
自分も残念な気持ちは強くあったけれど、おばちゃんの一言で、何だか自分も商店街の一部になれた気がして。不思議とホッとしたのを覚えています。
おばちゃんに誓うよ。
これからも描く事でおばちゃんへの感謝を忘れない
忘れようもないけれど
またあっちでも立ち話しようね。
ありがとう