インフルエンザに対するタミフルのような

 

分かりやすい薬が出てくることをみな期待している。

 

そのうち何とかなるのであろうが、

 

それまで待てない。

 

そんな世の中でほとんどカルト的で相手にされていない

 

漢方をやってる連中曰く、

 

頭痛し、発熱し、身疼き、骨関節疼痛し、寒気する者は

 

麻黄湯、これをつかさどる、

 

とのこと。

 

麻黄湯ならそこらの薬局で売っている。

 

麻黄湯、麻杏甘石湯で逃げ切れ、とかなんとか。

 

麻黄湯の通常の風邪に対する切れの良さは

 

飲んでみた人でないと分からないかもしれない、

 

とかなんとか。

 

果たしてどうか。

 

 

 

 

 

もともと鬱憤が溜まっているところに

 

このコロナ騒ぎでストレスが加速したのだろうか。

 

無意味なもめごとが多発しているとか。

 

こういった緊急事態には

 

人間の本性が浮き彫りになるわけだが、

 

それも備えがどれだけあるかで

 

随分と変わってくる。

 

備えとは物質的な備蓄のことだけではない。

 

精神的なゆとりもまた、いやそれこそが最も重要なものかもしれない。

 

もちろん心のゆとりも物の備蓄に依存するのではあるが、

 

それ以上にいわゆるリテラシーに関連している。

 

日常からどのような考え方、つまり思考の歪みを

 

どれほど制御していたかで豊かさ、余裕が決まる。

 

本当の勝ち組はこういう時に分かる。

 

 

中国や韓国はとりあえずは収束に向かっているそうだ。

 

我が国はこれからが正念場なのか。

 

それとももう終わっているのか。

 

日経平均はある意味安定している。

 

変動が大きめのボックス状態である。

 

こういう時は利益が出やすい。

 

 

 

 

しかし、さまざまなご要請はさせていただくかもしれない

 

とのこと。

 

こういう時は東京、大阪に住んでいるときつい。

 

一方、田舎はあいかわらずのんびりしている。

 

大学はオンライン授業に変更だそうだ。

 

この際、何もかもオンラインで整えて欲しいところ。

 

 

 

 

医師会が要請するようっではもう出すべきか。

 

こんな時でも株価は上がっている。

 

資本主義社会というものは思ったより強靭である。

 

マルクスガブリエルなどの哲学者が

 

資本主義の終焉を語っているが、

 

結局、ピケティの言った通りだ。

 

資本がすべてを支配する。

 

技術も労働も誠意さえも資本が支配する。

 

せめて己自身だけでも

 

資本に支配されないようにしなければならない。

 

そのためには資本がいる。

 

資本なしでそれができる人間など

 

極めて少数である。

 

この世の中では

 

資本のない人生こそまさに緊急事態である。

 

 

 

 

コロナの収束は最終的には

 

ある一定程度の感染者の数をもって

 

決着する。

 

そうであるならば

 

自粛要請を無視してウロウロする楽観主義者のお陰で

 

その時が早まるということになる。

 

もし、みなが悲観主義者であるならば、収束には大変時間がかかることに

 

なるだろう。

 

しかし、実際はそうではないので、これもまた社会学、人類学なのかもしれない。

 

過去人類の歴史において

 

つねに楽観主義者と悲観主義者がそれぞれがそれぞれの

 

犠牲になることによって

 

生き延びてきた経緯がある。

 

市場が落ち込みすぎないのも

 

今回は楽観主義者の勇気と愚かさを

 

期待しているからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

利潤率が低下していく中で

 

じっくりとバブルが進み、

 

利潤率の頭打ちで崩壊するという。

 

これはバリュー戦略を考えるうえで参考になる。

どっちもダメだ。

 

若者は搾取しながら自己実現する道を模索すべきた。

2008年のリーマンショックのとき

 

余はそれが起きたことすら知らなかったし、知る必要もなかった。

 

余の生活は何も変わらず安定していた。

 

天気予報のように毎日株価が放送されることに

 

あの人は不思議を感じていたようだが、

 

余はそれすら何とも思っていなかった。

 

今も余は株価をにらんではいるがさほど気にはしていない。

 

政府の財政政策を日銀の金融政策を楽観して見ている。

 

あれから余は株主資本主義経済について学んだからだ。

 

あのころは景気がどれだけ変動しようが、余の職種には関係ないとばかり気にしなかった。

 

いま余はグローバル資本主義の実体を知るがゆえに、余には関係ないとばかり気にしない。

 

この現代資本主義の実体を学べば、今 何をすべきかがはっきりと分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナのお陰で余の生活もIT化が進んだ。

 

一方、仕事はまったくIT化しない。職種上できないのだ。

 

それを反映してか最近はより一層忙しくなっている。

 

最近の繁盛はコロナが原因かもしれない。

 

IT化のかわりに、手作業化が勃興している。

 

IT化のかわりに心に対するサービスの動きが出現している。

 

これらもおそらくコロナのせいだ。

 

余の周りの安全保障という点において、今回のコロナは

 

大変役に立っているようだ。