今回お話を伺ったのは、目黒区国際交流協会事務局長の石綿晃さんです。石綿さんは、現場で様々な年代の在住外国人の方と接してこられ、多文化共生の在り方を長年考えてこられました。

また、今年2月に東京都が出した「多文化共生推進指針」において、検討委員会の一人として意見を出しておられるなど、政策面でも多文化共生と深い関わりを持たれています。

そうした経歴をお持ちの石綿さんに、主に目黒区での多文化共生の現状や、これからの共生の展望についてお話を伺いました。

 

 

共生の形は様々

Q.今年の「多文化おもてなしフェスティバル2016」では、ユースに焦点を当て、文化発信の主体になっていただこうと考えています。普段在住外国人の若者と接しておられる立場から、彼らと共生するにおいて、これから超えていかないといけない部分や課題などはどのようなところでしょうか。

 

石綿さん:外国人というと、観光客に目が行きがちです。ただ、それだけでなく定住者にも目を向けて行かないといけないですね。外国人定住者数は目黒区において、毎年5%強伸びています。

東京都全体を見ても、その数は40万人を超えています。30人に1人は外国人ということになります。新宿区においては、割合としては11%強ですから、学校の1クラスを平均30人と考えると、そのなかに3人という計算になります。これまでとは違い、日ごろから交流し、一緒に生活していくという意識をもつことが大切かと思います。また、行政は色々な仕組みを作ることはできますが、町会など地域活動をしている人が、外国人を巻き込むことが必要です。

また、日本が高齢者の比重が増えていく中において、若い人が入ってきて、共に社会を創っていくことは必要でしょう。

インタビューに応える石綿さん

 

 

外国人に共通のニーズ

石綿さん:言語に関してのニーズは世代を問わずありますね。会話に関して不自由がない方でも、読み書きの面、特に漢字は負担が大きいという場合は多いです。

言語面でのサポートは、目黒では、NPO法人目黒ユネスコ協会という教育組織が、「はじめての日本語」という形で言語のサポートをしています。参加費の負担も小さいです。最近は町中の英語教室で日本語教室をしているところもあります。

また、住む場所は、特に若い方はぶつかりやすい壁のようです。留学生は、日本での生活が落ち着いたら自分で下宿を探す人が多いですが、なかなか探すのが難しいようです。国費留学生でも、時によっては寮から出てアパートを探すのに苦労するということを聞きます。

特に日本人がなじみのない文化、例えばムスリムの方であったりすると、大家さんとのわだかまり、心の壁が生じやすいようです。

 

 

外国人コミュニティの形は様々

Q.ニューカマーの方々や留学生は、自分たちのコミュニティを持っているのでしょうか?

 

石綿さん:基本的に同国のネットワークは持っています。若い人であればスマホを使い、SNSなどで同じ世代の人とつながったりしますよね。

最近ネパールから日本に移り住む方が多いようですが、それは、日本でカレー屋をして成功したという話を聞いた本国の人たちが来る、といったケースもあるようです。成功事例があると仲間を呼びやすいようです。

あとは、所属していた大学からの繋がりも大きいですね。目黒区には東京工業大学があり、そこのパーティに行くと、70か国ぐらいから留学生が来ています。数の上から言うと、中国、次いで韓国が多いですが、中近東からアフリカ、南米、欧米の方もいらっしゃいますね。母国にいるうちから色々なやり取りをして、日本に来られるようです。

彼らのような方々は、地域社会との接点をもつことで、地域を活性化してくれます。なにか災害時でも、若い人がいるというのはありがたいことです。そうした方が、街の色々な地域活動に参加したりしてほしいですね。期待感を持って見ています。

 

 

多文化共生のロールモデルが必要

Q.日本人の大学生で、被災地などにボランティアなどで行ったとしても、自分の住んでいる地域で活動するかというと、そうではないケースも多いです。在住外国人の方で、目黒区において地域レベルで役員などをしている方はいらっしゃいますか?

 

石綿さん:残念ですが、あまり見ることはありません。日本の場合、在日の方などは普段から関わりがあったりしますが、留学生や仕事で来る人が地域活動をすることはあまりないです。防災活動への参画を呼び掛けたりもしますが、なかなか難しいのが現状です。

ただ、日本人以上に精力的に関わりを持つ方もいるので、一概には言えないですね。

 

Q.地域社会に出て行って、アクティブに活動している人を、もう少しフィーチャーしていかないといけないと思います。特に地域で活動しているロールモデルとなるような若い世代の人を取り上げていきたいですが、そのような方をご存知ですか?

 

石綿さん:学生は、特に院生は勉学で忙しいので、活動まで手が回らないというのが現状です。ただ、町内で集まる場に出てきてもらう工夫は色々とできます。

去年、多文化共生区民フォーラムという集まりを5月から12月までやったのですが、その中で、町内会の回覧板に関する話題が出ました。チラシに日本語しか書かれていないので、タイトルだけでも英語にすれば情報を受け取りやすいのではないかという意見がでました。今はQRコードなどもありますので、スマホでかざせば英文が出るなどの工夫をすれば、関わりやすくなるきっかけにはなるでしょうね。

 

Q.技術的な部分でカバーできる部分と、あとは気持ちの面でカバーできる部分は大きいとは思いますが、日本人が最近、排外的になっているのではないでしょうか?

 

石綿さん:日本人と外国人の間には3つの壁があるという話があります。制度の壁、言葉の壁、そして心の壁です。制度というのは法規制の問題です。これは、外国人の方が増え、様々なニーズが増えるほど緩和されていくものでしょう。

言葉の壁に関しては、ICT(情報通信技術)の活用である程度超えられますし、あとは慣れの問題が大きいと思います。一番は心の壁ですが、今は学校で若いうちから英語圏の国の先生と触れ合うなどしていますので、日本人と外国人、双方の心の壁が低くなったらいいと思いますね。

 

 

多文化共生の新たな形を模索する

Q.今までの多文化共生のあり方として、日本人の側がいかに外国人を受け入れるか、ということはテーマとしてありましたが、外国人がいかに日本社会で当事者として声を上げていくのか、ということにこれから取り組んでいかなければならないと思います。外国人の方が、例えば制度面とかで声を上げているといったような事例はありますか?

 

石綿さん:政治面、制度面での制限は現状ありますが、外国の方が国籍を取り、地方議員や国会議員になれば大きく違うと思います。長く日本にお住まいで、日本で住んでいきたい、となった場合に参政権の問題がでてきます。また、帰化となるとかなり厳しい制約がでてきますね。帰化に関しては、永住権という問題とは別に、祖国を捨てるという気持ちになったり、精神的に厳しい側面もあります。

公務員の就職に関しても、公権力の行使に関わるか否かが判断基準となります。例えば、一般職で入っても、管理職にはなれない、あるいは警察官にはなれないといった制限がありますが、そこも議論が必要かと思います。公権力の行使と言っても、様々なケースがあるわけで、優秀な人に活躍していただくために、制度面で克服しなければならない部分はまだまだ残っていると感じます。

あとは、区の方で、審議会をつくる等、住民参画があるときに、一定割合で外国人の方を入れる、といった方法があるかと思います。公権力の行使だけでなく、意見の反映をできるようにする。そうした仕組み作りが大切だと思いますね。

 

 

 

多文化共生文化を発信“目黒区国際交流フェスティバル”

Q.毎年、目黒区国際交流フェスティバルを大々的にされていますが、どのように地域の外国人の方をボランティアとして巻き込んでいるのでしょうか?

 

石綿さん:ボランティアについては、基本的には区報や掲示板を使って、10月くらいから活動するように募集し、実行委員会のような形を作って運営しています。国際交流協会のスタッフは常時で5人ですが、毎年延べ250人くらいがボランティアで関わってくれ、当日100人以上がボランティアで参加します。

現在、目黒区国際交流協会の会員は700人強いて、日本人と外国人の比率はほぼ半々で、ボランティアという形で取り組んでいます。普段の活動でも、外国人に対しても、何かをして差し上げる、というのではなく、一緒に何かをやる、というのがこちらの協会でのスタンスでやっています。時間はかかりますが、一緒に積み重ねていく、というのが大事だと思っています。

 

Q.一緒にやることが大切だとおっしゃいましたが、日本人と外国人が共通して目指しているビジョンのようなものはありますか?

 

石綿さん:フェスティバルでは、準備段階や当日の舞台など、共に活動し互いを見ることで通じることがあるし、新しい発見につながっていきます。三味線を外国人が習いたい、日本人が他の国の民族舞踊をやってみたい、という意見が挙がることもあります。

外国人だけでなく日本人にも新鮮な気づきがあることはやりがいですし、留学生で専門性を活かしながら、こちらが驚くような才能を発揮する方もいます。日々楽しみながら、多文化共生に関して何かしらの寄与をしていければと思います。

 

 

 

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