私は自分の人生が早咲きだと思っていた。
なぜかわからないけど、根拠のない自信があった。
そう言う自分が今では嫌いだが。

姓名判断では、平凡な人生。
平和な時代には活躍できない人生らしい。
戦の時代に活躍する運命。
だとすると、この令和という時代は、私の生きる時代にそぐわないのだ。

私がこの世に生を受けるのは何回目なのだろう?
昔、戦の時代では、本当に活躍していたのだろうか?
今の時代に生まれ変わる前の自分をのぞいてみたくなった。

それと同時に、今の平和な時代の生まれたことの意味を考えていた。
令和の時代では、活躍することなく、日の目を浴びることなく、静かに死に行く運命なのかもしれない。
もがいても仕方がないのに、このままでは嫌だと無い物ねだりを繰り返している私を見て、身の程知らずの愚か者だと、神様は笑っていることだろう。

ふむ。

私のこれまでの人生を要約すると、自分の望みが、自分の身の丈にあうまでに、3年くらいの時間を要するのだ。

いつもそうだ。

例えば、昇進。

私が昇進を望んだとしても、すぐには叶わず、しかし全く叶わないこともなく、3年後に叶う。

例えば、結婚。

私が結婚を望んでも1度は失敗に終わり、その3年後に2回目の結婚をし、比較的、自分の理想にあった結婚生活を送っている。

それでも私は、もっと早く達成できて、もっといい人生はないのか!!と、貪欲で、身の丈を知らずに、無い物ねだりを繰り返す。

自分のことしか考えていないわけだ。

そういう女には未来はない。
自分でそう思う。
変わるしかない、自分のために。
自分が愛される女になるために。

欲しがるわりに、努力が欠けている。

うん。

最低だな、私は。